直腸がん切らずに治す新治療の実際「Watch & Wait療法」75%はそのまま完治 25%で再増大

2024年07月08日 05:00

社会

直腸がん切らずに治す新治療の実際「Watch & Wait療法」75%はそのまま完治 25%で再増大
手術せずに「Watch & Wait療法」で治療し、5年間、再発がなかった症例です Photo By スポニチ
 がん治療の最前線、米国で働く日本人医師が現場から最新の情報を届ける「USA発 日本人スーパードクター これが最新がん治療」。テキサス州ヒューストンにある米がん研究最大の拠点「MDアンダーソンがんセンター」で治療に取り組む小西毅医師による第26回は、日本ではまだ普及していない、直腸がんを切らずに治療する「Watch & Wait療法」について掘り下げます。
 ≪20年臨床試験発表後広く普及≫
 直腸がんに放射線と抗がん剤を組み合わせて治療し、がんが消失したら、手術せず慎重に経過観察を行う「Watch & Wait療法」の話題を先日取り上げたところ、大きな反響がありました。米国でWatch & Wait療法が一気に広まったのは、2020年に発表された大規模な臨床試験がきっかけです。約5週間の放射線治療、さらに4カ月間の抗がん剤治療を行うことで、約半数の患者さんで直腸がんが消失し、Watch & Wait療法が安全に行えることが証明されたのです。Watch & Wait療法は手術療法に比べて生命予後に遜色なく、欧米では広く普及した治療です。

 しかし日本では経験豊富な施設が少なく、ガイドラインにも記載されていません。このため、患者さんには十分な情報が届かないのが現状です。そこで本日は、Watch & Wait療法の実際と、メリットやデメリットについて、具体的に掘り下げて解説します。

 ≪「瘢痕」まで半年かかる場合も≫
 放射線治療、抗がん剤治療が終了したら、通常8週間程度で内視鏡、MRI、指による直腸診の検査を行い、腫瘍を評価します。多くの場合、治療後8週間の時点ではがんは完全に消滅していません。直腸がんは治療が終わった後、長い時間をかけて縮小、消滅します。特に元の腫瘍が大きな場合、完全に消失しきれいな状態(瘢痕=はんこん)になるまで5~6カ月かかることもあります。ですから、8週間の時点では腫瘍の大部分が消えていても、多くはまだ治る途中で大きな潰瘍や粘膜不整が残っています。

 この時点で、もっと待てば消失しそうだから経過観察するのか、がんが消える見込みがないので手術を勧めるのか、医師の経験と知識が問われます。がんが消える見込みがあると判断したら、完全にがんが消えてきれいな瘢痕になるまで、2~3カ月おきに検査を繰り返します。がんが完全に消失してきれいな瘢痕の状態になったら、そこからWatch & Wait療法のスタートです。

 Watch & Wait療法を行う上で、患者さんにしっかり説明し理解していただいているのは、見た目にがんが消失していても、ミクロに残ったがん細胞が消えた場所から再増大してくることがあること、このため定期的な検査が必要なことです。がんが消失してWatch & Wait療法を行った患者さんのうち、約75%程度はそのまま治ります。しかし約25%程度の患者さんでは、消えた場所からがんが再増大してきます。

 大事なポイントとして、がんが消えた場所から再増殖してきても、その時点で手術すれば、はじめから手術した場合と同様に治すことができ、生命予後は遜色ない、ということです。がんが消えた場所から再増殖してくるのは、遠隔転移再発(肝臓や肺の転移)とは異なります。元々の状態に戻るだけの話ですから、通常のがんの再発とは分けて「再増大」と呼ぶのです。

 再増大を見逃さずに早い段階で見つけて手術すれば治りますので、このために定期検査が重要なのです。再増大は通常2年以内に出てくるため、最初の2年間は3~4カ月おきに繰り返しMRI、内視鏡、直腸診を行って、がんの消えた場所を入念にチェックします。2年を過ぎれば再増大の可能性は非常に低くなりますので、6カ月おきの検査に延ばします。

 ≪遠隔転移の発症は約1割程度≫
 再増大が起こってもロボットや腹腔(ふくくう)鏡で手術でき、術後の合併症は増加しません。また多くの症例で肛門温存も可能です。Watch & Wait療法の患者さんは予後が良く、遠隔転移は約1割程度しか起こりませんが、手術後の患者さんと同様にトータルで5年間は、CTで遠隔転移のチェックも行います。

 Watch & Wait療法がこれほど広く普及した一番の理由は、腫瘍が再増大しても、定期的な検査で早期に発見できること、再増大が見つかった段階で手術を行えば問題なく治ること、が証明されているからです。

 Watch & Wait療法は経験を積んだ医師のもと、きちんと患者さんが定期検査に通って初めて成立します。きちんと定期検査に通わないと、再増大の発見が遅れて腫瘍が進んでしまう可能性があり、この点はデメリットとして挙げられるでしょう。また、日本では放射線治療の副作用をデメリットとして強調する傾向があります。しかし、手術が進歩するのと同様、放射線治療も現在は技術が進んで、副作用は格段に減っています。

 ≪手術基本の日本でも必ず浸透≫
 日本では年間約5万人が直腸がんに罹患(りかん)します。手術が基本とされてきた直腸がんで、放射線治療と抗がん剤で約半数でがんが消失し、Watch & Wait療法が行われれば、たとえ25%で結果的に手術が必要だったとしても、残り75%は手術せず治るのですから画期的です。

 直腸がんの手術は数々の合併症、後遺症が伴います。人工肛門、排便障害(頻便や便失禁)、性機能障害(勃起不全や射精障害)、排尿障害など、これらの後遺症を避けることができるのがWatch & Wait療法のメリットです。Watch & Wait療法を行った患者さんは口々に手術が避けられてよかった、と感謝の言葉を口にされます。世界中で行われている治療ですから、日本でも必ず普及していくでしょう。


 ◇小西 毅(こにし・つよし)1997年、東大医学部卒。東大腫瘍外科、がん研有明病院大腸外科を経て、2020年から米ヒューストンのMDアンダーソンがんセンターに勤務し、大腸がん手術の世界的第一人者として活躍。大腸がんの腹腔鏡・ロボット手術が専門で、特に高難度な直腸がん手術、骨盤郭清手術で世界的評価が高い。19、22年に米国大腸外科学会Barton Hoexter MD Award受賞。ほか学会受賞歴多数。

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