引退表明の逸ノ城が会見 腰痛悪化「歩くのもつらかった。残念です」

2023年05月04日 14:32

相撲

引退表明の逸ノ城が会見 腰痛悪化「歩くのもつらかった。残念です」
引退会見を行った逸ノ城(左)と師匠の湊親方
 現役引退を表明したモンゴル出身で西前頭13枚目の逸ノ城(30)=本名・三浦駿、湊部屋=が4日、東京・両国国技館で会見し、「腰の状態が良くなくて、師匠と話をしていましたが、2日前に引退が決まりました。相撲はやりたかったですが、体の方が言うことをきかなかった。歩くのも横になるのもつらかった。残念です」と心境を述べた。
 会見は師匠同席で行われたが、逸ノ城は言葉も少なめで終始寂しそうな様子を浮かべた。引退に至った経緯は、春場所後に持病の腰痛が悪化したためだという。稽古もできない状態だったため師匠の湊親方(元幕内・湊富士)に引退の意思を打ち明けた。師匠には引き留められたが、話し合いの末、今月2日に正式に引退が決定。この日、日本相撲協会に引退届を提出した。

 幼少の頃からテレビ中継を見て憧れた大相撲の世界。鳥取城北高での相撲留学を経てプロの世界に飛び込んだ。14年初場所の初土俵から破竹の勢いで番付駆け上がり、新入幕の場所で優勝争いを演じるなど旋風を起こした。「幕内に上がって、テレビを通じてモンゴルのみなさんに自分を見てもらうのが夢だった。幕内に上がった場所が一番うれしかった」。9年半間の力士生活は波瀾万丈だったが、「応援してくださった皆さんに感謝の気持ちです。もっとやって少しでも応えたかった」と無念の表情を浮かべた。

 2021年9月に日本国籍を取得しているが、年寄名跡を取得していないため日本相撲協会には残らない。今後の予定を問われると「今のところは考えていない。しっかり第二の人生で頑張っていきたい。相撲界で学んだことを生かしたい」と語るにとどめた。

 ◆逸ノ城駿(いちのじょう・たかし=本名・三浦駿)1993年4月7日、モンゴル・アルハンガイ県生まれ。2010年に横綱・照ノ富士らと同じ飛行機で来日し、鳥取城北高に相撲留学。卒業後は同高コーチなどを務めながら全日本実業団選手権を制覇し、湊部屋に入門。14年初場所、幕下15枚目格付け出しで初土俵。同年秋場所には所要4場所での新入幕を果たし13勝。翌場所関脇に昇進。所要5場所での新三役は歴代1位のスピード記録だった。大関候補と言われながらも腰痛などに悩まされ上位に定着できなかった。22年名古屋場所で幕内優勝。三賞は殊勲3、敢闘1。金星は現役最多の9。通算408勝328敗58休。得意は右四つ、寄り。1メートル92、211キロ。

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