ロッテの名アナウンス・谷保恵美さん 帯広三条野球部マネジャーは知らぬ間に決まっていた

2023年12月21日 14:17

野球

ロッテの名アナウンス・谷保恵美さん 帯広三条野球部マネジャーは知らぬ間に決まっていた
高3の時にベンチでスコアラーを務めた谷保さん(本人提供) Photo By 提供写真
 ロッテの場内アナウンスを33年間担当し、今季限りでマイクを置いた谷保恵美さんは、公式戦2100試合を誇る帯広出身のレジェンドだが、昨年逝去した父・三島直政氏も指導者として甲子園4度出場したレジェンドだ。知らぬ間に踏み入れることになった野球の世界で、多くの出会いがあった。
 谷保さんの父は帯広三条を率いて、甲子園に2度出場した。愛娘の誕生前のことだ。ちなみに、父方の姓が「三島」、母方は「谷保」だ。帯広の実家は、菓子卸売りの商売をしているが、谷保さんは「父は商売向きでなかった」と笑った。

 「三条は父の母校で、私も三条に行くと決めていた。父は学校行事に一度も来たことがなかったのに、入学式に来たんですよ。でも、式にはいない。グラウンドだなと思っていたら“うちの娘はマネジャーをやる”と、すでに監督さんと話をまとめていました」

 その頃の直政さんは野球指導から離れ、テレビで解説などを行っていた。「私立高校から(監督の)オファーを受けていたのに、私がマネジャーをやっていたので、その間はやらないと断っていた。マネジャーを引退したら、すぐに帯広北で監督しました」。昨年亡くなった父をしのびながら、娘は「幸運な監督」と評すが、そんな父は帯広北でも甲子園に2度出場している。

 谷保さんの高校時代は帯広緑ケ丘球場が思い出の場所だ。今はもうないが、スコアボードの中に入ったり、グラウンド整備、水まきもした。「高校時代の仲間とは、LINEでつながっている。元気か、病気してないか。最近はそんなのばかりですよ」。今もかけがえのない仲間だ。

 札幌大女子短大時代は、札幌大でマネジャーを務め、卒業後も高校野球の場内アナウンスをボランティアで行った。「アナウンスした中で、プロ野球選手になった選手はいた?」と聞くと、谷保さんは「いいこと聞いてくれました」と言って目を輝かせた。

 そこで、のちに“チームメート”になる球児と出会った。「大村巌さんが東海大四(現東海大札幌)で甲子園に行った86年は友達と二人でアナウンスしていた。大村さんが甲子園を決めた試合は、私がアナウンスしました」と懐かしむ。

 現DeNAの大村コーチとの縁はまだある。「お兄さんは札大の1年先輩。短大2年の時に明治神宮大会に出場して、明大との2回戦は大村さんのお兄さんが、武田一浩投手(日本ハムドラフト1位)からホームランを打って勝った。私たちもスタンドで、ギャーギャー喜んでいました」。86年札幌大は全国4強の快進撃を見せた。

 「ちなみに最後に負けたのが、愛知工大の西崎幸広さん。その大会の優勝投手でした」。本拠地で何度もアナウンスした日本ハムのトレンディーエースとも縁があった。=続く=(横市 勇)

 ◇谷保 恵美(たにほ・えみ)帯広市出身。帯広三条で野球部マネジャー、札幌大女子短大でも札幌大野球部マネジャーを務める。90年にロッテオリオンズ入社。91年8月に1軍デビュー。96年10月1日の近鉄戦からは1試合も休まず、場内アナウンスを担当した。今月20日で最後の出勤を終えた。

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