いっこく堂 「君は一人でやった方がいい」と助言してくれた“恩人” 「今でも忘れない」出来事とは
2024年08月03日 16:54
芸能
![いっこく堂 「君は一人でやった方がいい」と助言してくれた“恩人” 「今でも忘れない」出来事とは](/entertainment/news/2024/08/03/jpeg/20240803s10041000196000p_view.webp)
テレビ番組出演などを経て、元いた事務所から引き抜かれて別の事務所に所属したものの、来る仕事は営業ばかり。「キャバレーで司会とか、1カ月間ホテルで司会やるとか、そういうのばっかりだった」と思ったような仕事ができなかった。
「役者になるために出てきたのに、自分は何をやっているのか」と、もう一度役者の勉強をしようと思い直して22歳の時に劇団民芸に加入。そこでも思い悩み、自分に合うパフォーマンスを身につけたいと考えたところ、行きついたのが中学生の頃にあこがれた腹話術だった。
そんな中で恩師として挙げたのが、俳優・演出家の米倉斉加年(まさかね)さん。「28歳の時に、宴会で披露した芸を米倉さんが見て、“君は一人でやった方がいい”って言ってくれて。それで、劇団の旅公演があるにも関わらず米倉さんが“芸人になるためには1人でトークしなきゃいけないから、面白くなくてもいいからトークやりなさい”ってことで毎日トークを見てくれて。2~3カ月くらい」と振り返った。その後、いっこく堂は独学で腹話術を習得。米ラスベガスでも大絶賛されるなど、海外にまで活躍の場を広げるようになった。
「今でも忘れない」と言うのは、2013年の出来事。米倉さんと同じ新幹線に乗っていることが降りる時に分かり、いっこく堂は立ち上がって挨拶した。すると「米倉さんが、パッと僕のことを上から下まで見て。うわ、なんかダメ言われるよと思ったら、“感心しているんだよ。よく頑張った”って初めて褒めてくれたんです」と語った。
その1年後の2014年に米倉さんは亡くなり、それが最後の言葉となった。「最後に褒めてもらったのかなあっていうのは、ありますね」としみじみ語っていた。