日本一の4番が「一番凄い」と認めた才能 苦戦した「踊り場」 仙台育英・仁田陽翔の「敗者復活戦」(2)
2023年10月07日 14:08
野球
昨秋の新チームがスタートしたのは9月3日。全国に感動を届けた日本一からわずか12日後だった。高校野球の歴史を変えた須江航監督の言葉の力にはいつも驚かされる。ゼロから再び日本一を目指す姿勢を表した「2回目の初優勝」をチームテーマに掲げ、おとなしい選手の多い新チームを「弟気質の“弟ズ”」と命名した。
次男である“弟ズ”の仁田は救援投手から先発への転向を決意。9月16日に迎えた県大会初戦の登米総合産戦では先発登板し、4回を1安打無失点で8三振と好投した。試合後、須江監督は配置転換についてこう語っていた。
「春から“大阪桐蔭さんとかを倒すんだったら、仁田が覚醒しないとダメ”みたいなことをずっと言ってきた。(これまでは)彼の成長過程の中で先発というより、試合の流れの中で投げる方が良かった。先発より中継ぎ、勝っているところで思い切って“バーン”といくみたいな感じが彼の良さ。成長過程の中でそれが一番合っていた。(新チーム始動後も)彼と密に話し合ってきました。“どういうふうにいこうか”と。このままポテンシャルで“ドーン!といく”みたいな荒々しさを出してもいいし、ある程度ゲームをつくれるような出力や組み立てをしてもいいと」
ショートイニングを全力で投げ抜く救援投手と、ゲームをつくり長いイニングを投げ抜く先発投手では投球スタイル、調整方法、マウンド上でのメンタルなどが異なる。2年生にして140キロ中盤をマークする「爆発力」が武器だった仁田は当初、先発投手として迷いがあったと、指揮官は振り返る。
「(先発として投げたら)とても中途半端に出力を抑えすぎてしまって…自分でも“抑えすぎたかな”と思ったのか、4回くらいから出力を上げたら荒れてしまうみたいなことがあった。結局、どうするのかなと思ったら(仁田は)“ゲームもつくって球速もあるピッチングができるように自分をステップアップさせたい”と。求めるものは多いんですけど、本人がもっと頑張りたいという気持ちに向いた。3年間の中で成長のタイミング、心と頭と技術のタイミングがそろってきているので、このチャンスを逃したくないなと思って今日、先発させました」
先発・仁田の課題は「出力と安定感」の両立と明確だった。その後は準優勝した秋季宮城県大会、優勝の東北大会で先発投手としての経験を積んだ。明治神宮大会では大阪桐蔭戦との大一番で先発を託された。世代No.1投手・前田悠伍との投げ合った仁田は3回1/3を3安打1失点。大会の投手で最速となる146キロをマークした直球にスライダー、カーブを織り交ぜて強打戦から4奪三振。勝利につながらなかったものの、名門相手に「ゲームメーク&高出力」を両立する片りんを見せた。可能性を感じさせる内容に須江監督は「求めていた安定感と力強さ。だいぶ2つを獲得できそうな感じになってきた」と成長を称えた。実りある一戦で22年シーズンは幕を閉じた。
一冬越えた23年1月。東北大会を制していた仙台育英は順当に選抜大会出場校に選出された。練習試合が解禁された3月4日には「開幕戦」となる神戸弘陵戦に先発した仁田は7回を1安打無失点。この日、視察した楽天・愛敬尚史アマスカウトグループマネジャーは「真っすぐが強いしスライダーも切れる。ポテンシャルが高いので非常に楽しみ。三振が取れる左投手は少ない。(昨年に比べて)カウントが苦しくなっても粘れるようになった。狙って三振が取れるようになってきましたね」と高評価。選抜大会でのブレークを予感させた。
順調に上り続けてきた成長の階段。しかし、ここから長い長い踊り場が待っていた。選抜大会1回戦の慶応(神奈川)戦では先発で1回1/3を1安打無失点ながら3四球と安定感を欠いて降板した。試合前に強さを増した雨でぬかるむマウンドに苦戦。「他の投手がちゃんと投げているので、雨は言い訳にできない」と自分を責めた。それでも3三振を奪うなどボール自体には光るものがあった。
試合直後、打線の軸である4番・斎藤陽(3年)は言った。「あれはプロです。本当に凄いボールを投げる。きょうはダメだったんですけど、一番良いボールを投げるんです。切れがヤバい。スライダーもストレートも切れが一番良い。仁田は素晴らしいピッチャーなので守っていて安心できます」。須江監督も「次も(仁田)先発で行こうぜ!って感じですね。良いところもありましたし、彼の持っている力は“こんなもんじゃない”ってここまでの結果で証明しているので、一戦のパフォーマンスの低さで何かを諦める必要は全くないと思います」と信頼が不変であることを示した。
次の出番は報徳学園(兵庫)との準々決勝だった。先発した仁田は1回0/3を3安打3失点で降板。一度狂った歯車を戻せなかった。チームは延長10回タイブレークの末、4―5でサヨナラ負けした。晴れ舞台で全く力を発揮できず終わった2度目の甲子園。試合後には自分の無力さ、チームへの申し訳なさから頬に涙が伝った。これが仁田にとって甲子園での最後の先発登板となった。
涙で甲子園を去った仁田は大会後、不調の要因を分析した。制球難の原因はメンタルではなくメカニクスの部分にあった。先発としてゲームメークを目指すあまり、本来よりステップする幅が小さくなっていた。それがわずかな感覚の違いを生み、本来の投球とはかけ離れた結果につながった。選抜後は遠投の量を増やし本来の大きく体を使うフォームを取り戻した。「最終的にはプロ野球に絶対に入りたい。いまの実力はプロに入れるものではない」。最速147キロ左腕は最後の夏に向け、成長を誓っていた。(柳内 遼平)
(続く)
◇仁田 陽翔(にた・はると)2005年(平17)6月10日生まれ、岩手県大船渡市出身の18歳。猪川小3年から猪川野球クラブで野球を始め、大船渡一中では軟式野球部に所属。仙台育英では1年春からベンチ入り。憧れの選手はロッテ・佐々木朗。1メートル75、74キロ。左投げ左打ち。
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