あの「総長」が…Z世代に寄り添う指導で五輪代表2人を育成 柔道2連覇・上野雅恵氏の手腕に迫る
2024年06月05日 05:00
柔道
89年の創部から監督を務めていた柳沢久氏の後を継いだのが20年12月。21年東京五輪は自身と同じ70キロ級の新井千鶴が金メダルを獲得したが、パリに視線を移すと「候補がいない状態だった」。しかも選考争いは実質2年の短期決戦。96年アトランタ大会から一度も途切れず続いてきた五輪代表の輩出という大仕事は、その両肩に重くのしかかった。
「東京五輪が終わった時点で(代表争いの)3番手」だったという舟久保。世界ジュニアを4度制すなど、潜在能力は特筆すべきものがあり、「凄く練習をする。一つの技術の習得に時間がかかることを理解しているので黙々と取り組む」という真面目な性格だ。試合では硬くなり、シニアの国際大会では実力を発揮しきれずにいた。
ある時、「勝ちたい気持ちはみんな持っている。それで自分を硬くしてしまうと、もったいないよ?やってきたことを出すことを意識した方が、動けるんじゃない?」と声をかけた。すると開眼したように大会で結果を残し始め、初出場だった22年世界選手権で準優勝。一気に選考レースの先頭に立ち、そのまま押し切ってみせた。
一方の高山は「4番手」と舟久保よりも不利な状況からのスタートだったが、「ケガもなく、万全な状態で練習ができるので、ライバルと比べて練習量が違った」と20代後半に入って伸び盛りを迎えていた。「力の出し方が平たん」という舟久保に対し、「メリハリを付けてやらないとできない」という高山は、気持ちが体を動かすタイプ。監督と選手という垣根を越えた接し方で、気持ちを乗せることに腐心した。
ロックバンド「Mrs.GREEN APPLE(ミセス・グリーン・アップル)」。コロナ下で気持ちがふさぎ込んできた時期、前向きな歌詞と歌声に救われたという高山に薦められて楽曲を聴いた。上野監督自身もどっぷりはまって、今では「私の方が好き」。高山に遅れること3カ月でファンクラブにも入り、昨年8月には連れ立ってコンサートへ。選手の性格に合わせて接し方を変えるのも、令和の指導者のあるべき姿だ。
全体練習では量そのものを抑える一方、各国際大会をビデオ研究してはやりの技を全員で練習するなど、新たな取り組みも始めた。「はやりの技やルール変更、傾向はいち早く察知しないといけない。自分の柔道に生かせるかを試している。新しい刺激も入れられるので」。メンタルコーチらを招いての講習会、トレーナーの増員など、次々に新たな手を打ったことも、2人の五輪代表が誕生したことと無縁ではない。
「先生の口の悪さといったらない。天下一品だった(笑い)。クソッと思いながらやっていた」。柳沢前監督に厳しく育てられ、反骨心を携えて五輪2連覇を達成してから16年がたった。選手世代の性質も様変わりする中、経験値にとらわれない指導で2選手を送り出す2度目の五輪まで、あと51日。「2人とも金メダルを獲れる力は十分持っているし、目指してきた舞台で最高の柔道をして、最高の結果を出してほしい」。上野監督自身も最後の一瞬まで、2人の背中を後押しし続ける。
《ワン!!ダフルな二刀流 トリマーと兼業》
○…上野監督は現役引退後の09年から専門学校に通い、トリマーの技術を習得。17年には東京都東久留米市に犬専門のトリミングとホテルを兼ねた「DOG58」を開業し、現在は二足のわらじを履いている。「ゴールデンウイークは14匹くらい預かって、ご飯をあげるだけで大変だった」と苦労もあるが、リフレッシュにもなっている。
◇上野 雅恵(うえの・まさえ)1979年(昭54)1月17日生まれ、北海道出身の45歳。両親が開いた道場で6歳で柔道を始める。旭川南高から97年4月に住友海上(現三井住友海上)入社。初出場だった00年シドニー五輪は敗者復活戦敗退。翌01年世界選手権で初の世界一になり、03年に2連覇を達成。世界女王として臨んだ04年アテネ五輪で金メダルを獲得し、08年北京大会で連覇を達成後、第一線を退いた。妹の順恵氏は63キロ級で12年ロンドン五輪銅メダルで、女子日本代表コーチ。
◇舟久保 遥香(ふなくぼ・はるか)1998年(平10)10月10日生まれ、山梨県出身の25歳。6歳で柔道を始め、地元の富士学苑中・高で頭角を現し、高2、3で総体連覇。17年4月に三井住友海上に入社。21年選抜体重別で初の日本一。初出場だった22年世界選手権は2位、23年も2位。1メートル62。右組み。得意技は寝技。
◇高山 莉加(たかやま・りか)1994年(平6)8月27日生まれ、宮崎県出身の29歳。3歳で柔道を始め、鹿児島南高3年で総体優勝。13年4月に三井住友海上入社。23年は選抜体重別優勝、グランドスラム東京大会3位など実績を積んで同年12月にパリ五輪代表内定。1メートル69。右組み。得意技は寝技。
▽三井住友海上女子柔道部 女子日本代表コーチだった柳沢久氏を初代監督に招聘(しょうへい)し、89年9月に創部。90年4月に本格始動し、96年アトランタ五輪では61キロ級の恵本裕子が日本女子初の金メダルを獲得した。翌97年12月には世田谷道場が完成。以後も上野雅恵、横沢由貴、上野順恵、中村美里、近藤亜美、新井千鶴ら多くの名選手を輩出。五輪にはアトランタ大会以降、継続して代表選手を送り出しており、金4個、銀1個、銅4個を獲得した。
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