【内田雅也の追球】優勝で知った先人の心

2023年11月25日 08:00

野球

【内田雅也の追球】優勝で知った先人の心
阪神・近本 Photo By スポニチ
 プロ野球は何のためにあるのか。プロ野球選手は何のためにプレーしているのか。
 もちろん、勝つためである。勝負の世界だ。チームとして優勝を果たすため日々精進している。

 ただ、その先がある。今回、阪神が18年ぶりのリーグ優勝、38年ぶりの日本一となり、プロ野球の存在理由をあらためて知った。優勝パレードに幾十万もの人びとが詰めかけ、「ありがとう」と叫んでいた。

 阪神は人びとの生活の一部となっていた。日々の生活のなかで、勝てば勝ったで自分もがんばろうと奮起する。負けても明日への糧にする。タイガースとともに人生を生きている。これがプロ野球のあるべき姿だろう。

 阪神草創期からの投手で監督も務めた若林忠志が戦後1947(昭和22)年、リーグ優勝を果たした時のむなしさを語っている。ペナントレースを独走し、2位・中日に12・5ゲームの大差をつけての栄冠だった。

 胴上げも祝勝会もなかった。感激が薄かった。独走したためか、勝てば勝つほど、スタンドの観客は減っていった。この年、後楽園の総入場者数140万人に対し、甲子園と西宮は合わせて93万人に過ぎなかった。勝つだけではファンを集められなかったのだ。

 監督兼投手だった若林はこの頃から、猛然とファンサービスや社会貢献・慈善活動に乗り出す。雑誌『ボールフレンド』を創刊して交流をはかり、タイガース子供の会をつくり交流をはかった。全国の施設をまわり、恵まれない子どもたちを慰問した。すべて自費で行った。少年少女はいずれ阪神ファンとなって球場に足を運んでくれる。そんな地道な活動だった。

 ただ勝つだけがプロではない。ファンのためにグラウンド内はもちろん、グラウンド外でも自分のできることをやる。それが本当のプロなのだ。ハワイで生まれ育ち、幼い頃から大リーガーたちの姿勢を学んでいた。

 そんな先人の名を冠した阪神の若林忠志賞は今年、第12回を迎えた。受賞者が近本光司と発表された。故郷・淡路市の人びとを甲子園球場に招待する「近本シート」や離島の子どもたちとの交流を続けている。近本もまた「何のために野球をしているのか」と自問自答し、ファンを大切にしてきた選手である。

 今回の優勝、日本一でファンの大切さをあらためて知った。若林精神である。 =敬称略= (編集委員)

おすすめテーマ

2023年11月25日のニュース

特集

野球のランキング

【楽天】オススメアイテム