ランナーズハイの原因は「エンドルフィンの分泌」ではない!依存性のある“気持ちいい”をもたらす正体とは
2023年09月21日 09:00
いわゆる「ランナーズハイ」と呼ばれる状態を経験したことのあるランナーはいるでしょうか。
長く走り続け、疲労がある一定のレベルを越えると、不思議とそれまで感じていた疲れや痛みがどこかに行ってしまうときがあります。何も考えなくても足が自然に動いて、いつまでも走り続けられるような気分になることも。
そのようなときのランナーは、まるで瞑想状態の中で走っているようなもの。何とも言えない幸福感や高揚感に包まれ、つまり「ハイ」になるわけです。
長い間、このランナーズハイの原因は、エンドルフィンの分泌であると広く信じられてきました。
しかし最近の研究(*1)では、このエンドルフィン説は否定され、運動によって体内で生成される「endocannabinoid(エンドカンナビノイド)」、日本語で「内在性カンナビノイド」と呼ばれる化学物質の受容体が、ランナーズハイの原因であるとしています。
はたして、どんな研究内容だったのでしょうか。
どんな研究内容だったか
この研究は、ドイツの国立大学であるハンブルグ大学の医学者らによって行われたものです。
それ以前の実験マウスを使った研究では、運動によって起こる反応はエンドルフィンとは無関係であり、それよりもカンナビノイド受容体の影響を強く受けることがすで既にわかっていました。
しかしながら、マウスでは幸福感などの感情を研究することはできません。今回の研究は、実験マウスに起きたものと同様の反応が人間にも起こるという仮説に基づいて行われたものです。
エンドルフィン受容体をブロックしても、ランニング時の幸福感は増した
研究では63人の被験者に、45分間のトレッドミル上での緩やかな強度のランニングを、別のセッションでは同じ時間だけのウォーキングを行ってもらいました。
すると、ランニングをした際、ウォーキングをしたときより幸福感が増し、不安感のレベルが減少したとのこと。
そしてその現象は、人為的に内在性オピオイド(エンドルフィン)の受容体をブロックしても同様に起こりました。
その代わりに、ランニングをすると内在性カンナビノイドの分泌が刺激されることも分かったと言います。
研究結果から導かれた結論
論文著者らは研究結果から導かれた結論を、以下のように要約しています。
- 運動によって起こる幸福感の高揚と不安感の軽減は、内在性オピオイド(エンドルフィン)受容体の働きと直接の関係はない
- ランニングは不安感のレベルを軽減する
- ランニングは内在性カンナビノイドのシステムを促進する
- ランナーズハイになる原因を説明する上で、内在性カンナビノイドはエンドルフィンより有力な候補である
内在性カンナビノイドは大麻のような酩酊作用を及ぼす
カンナビノイドには痛みやストレスを軽減する効果があります。ランニングがそれを体内で生成するわけですので、ランナーズハイになる理由は説明できるのですが、実はカンナビノイドがもたらす効果は、大麻がもたらす酩酊と同じ種類の作用でもあります。
CBDとは
多くの国で医薬品あるいは食品の原料として承認されている大麻成分のひとつ「CBD:cannabidiol(カンナビジオール)」は、カンナビノイドの1種類です。
2020年4月時点では、アメリカではカリフォルニア州を始めとする10の州と1つの地域で、娯楽用の大麻が合法化されています。その他の州でも、CBDは医療目的で承認されているところがほとんどです。
世界アンチ・ドーピング機関(WADA)は、2018年1月に条件つきでCBDを禁止薬物リストから除外しました。CBDの医薬的効果には以下があるとされています。
- 不安や緊張感を和らげる
- 痛みを和らげる
- 炎症を抑える
- 安眠を助ける
- 筋肉の張りを軽減させる
こうした効能だけを見ると、CBDの人気が高まる理由は分かります。
しかし外部から摂取する、食品あるいは薬品であることに変わりありません。そのため、その安全性や倫理性に疑問を持つ人も少なからず存在します。
長い年月に渡って違法とされてきたこともあって、本当に副作用や常習性がないと断言するだけの時間的検証が足りているとは言えません。
その点、ランナーズハイの原因とされる内在性カンナビノイドは、運動をすることによって自然に生成されるものです。ランナーズハイには麻薬のような作用はありますが、そこに至るまでは自分自身の体力を酷使する必要があります。
そのため、ランナーズハイになることを目的に走るランナーも、後ろめたさを感じる必要はないでしょう。安心してその酩酊効果を楽しみ、ランニングがもたらす幸福感に身を委ねようではありませんか。
参考文献(*):Exercise-induced euphoria and anxiolysis do not depend on endogenous opioids in humans
[筆者プロフィール]
角谷剛(かくたに・ごう)
アメリカ・カリフォルニア在住。IT関連の会社員生活を25年送った後、趣味のスポーツがこうじてコーチ業に転身。米国公認ストレングス・コンディショニング・スペシャリスト(CSCS)、CrossFit Level 1 公認トレーナーの資格を持つほか、現在はカリフォルニア州アーバイン市TVT高校でクロスカントリー部監督を務める。また、カリフォルニア州コンコルディア大学にて、コーチング及びスポーツ経営学の修士を取得している。著書に『大人の部活―クロスフィットにはまる日々』(デザインエッグ社)がある。
【公式Facebook】https://www.facebook.com/WriterKakutani
<Text & Photo:角谷剛>
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