【内田雅也の追球】少年に帰る夢舞台

2024年10月27日 08:00

野球

【内田雅也の追球】少年に帰る夢舞台
2009年オフ、思い出のつまった鏡川の川沿いを走る藤川
 あまりに劇的なフレディ・フリーマンの一撃だった。ワールドシリーズ史上初の逆転満塁サヨナラ本塁打である。ドジャースタジアムの熱気と興奮がテレビ画面から伝わってきた。
 ヒーローインタビューで今の気分を問われたフリーマンは「いやあ…もう分からないよ」と話した。「こんなの、5歳児が公園で遊びながら妄想することだもんね……夢がかなった気持ちだよ」

 本塁に還った直後、バックネットをはさんで父親と抱きあった35歳は野球少年に戻っていた

 似たような言葉をランディ・ジョンソンから聞いたのを思い出す。ダイヤモンドバックス時代の2001年ワールドシリーズ。第6戦で勝利投手となった夜、自宅で妻に「明日も投げるの?」と問われ「当然だよ」と答えている。本当に救援で連投し、サヨナラ勝利を呼び込んだ試合後に聞いた。「ワールドシリーズの第7戦だよ。誰もが少年時代に思い浮かべる舞台じゃないか。休み? 明日が終われば3カ月も休めるじゃないか」

 野球選手は何かを成し遂げた時、少年に帰る。山際淳司が『野球少年』=『アメリカスポーツ地図』(角川文庫)所収=に書いている。<野球選手はいくつになっても“kids”であり“boys”なのである。エキサイティングなゲームをつくりだすのは、かれらのなかにまだ「少年」が棲(す)みつづけているからなのだ>。

 つまり少年に帰れる選手こそ強いのだ。大下弘は西鉄(現西武)時代、よく自宅に子どもたちを招いて遊んだ。日記『球道徒然草』にある。<「大人になると子供と遊ぶのが馬鹿らしくなる」と人は言うかもしれないが、私はそうは思わない><子供の世界に立ち入って、自分も童心にかえり夢の続きを見たい>。

 阪神新監督・藤川球児もその名の「球児」に帰る大切さを知っている。現役時代の2009年オフには高知商時代に走った鏡川の川沿いを走った。「何年もやっていないが、今の自分が何を感じるか。そこに戻ることが、自分の成長を知るためにもいいんです」

 この日、阪神は秋季練習が休みだった。選手たちはテレビで朝からワールドシリーズ、夕方から日本シリーズを見たことだろう。大舞台には多くの少年たちがいたはずである。そして、少年に帰れる者は強いと胸に刻んだことだろう。 =敬称略= (編集委員)

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