【コラム】金子達仁
ウルグアイ戦 KOこそ免れたが…“慣れ”の問題露呈
2019年06月24日 19:30
サッカー
案の定、日本の選手たちは経験というものの重みを十分に感じさせてくれる戦いぶりをした。これが代表2試合目となる杉岡はようやく本来の積極性を見せていたし、三好にいたっては世界的名手たちとの対決を楽しんでいるようにさえ見えた。
だから、ウルグアイから2点を奪ったことは驚きではない。2点を奪われたことも、まあ想定内ではあった。なにしろ、相手の2トップはカバニ&スアレスなのである。この2人を相手に無傷で試合を終えられるチームは、世界を探してもそうあるものではない。
ただ、強力な2トップを誇るウルグアイは、しかし、中盤を制圧して勝つチームではない。主導権は手放しても、抜け目のなさ、決定力の高さで勝つ。それが彼らの伝統である。
わたしが裏切られた気分になったのは、2―2とされてからの日本が、そんなウルグアイにほぼ蹂躙(じゅうりん)されてしまったからである。ボクシングでいうところのコーナーに詰められてのめった打ち。辛くもKOこそ免れたものの、わたしが期待していたのは、勝敗はともかく、フルタイムでウルグアイと互角に渡り合う日本だったのだが。
ちょっと、期待値が高すぎたかもしれない。
この日の日本には、三好、中島、安部など、個人で局面を打開できる選手が何人もいた。実際、彼らは目の覚めるような突破を見せてくれた半面、「え、そこで取られるの?」というプレーも目立った。これは、彼らの才能の問題ではない。仕掛けるべきところ、仕掛けてはいけないところを察知するセンサーが、南米選手に比べるとまだ鈍いのである。
要は、慣れの問題。
久しぶりに代表スタメンを任された岡崎が三好や安部の年齢だったころ、将来の日本代表入りを予想した人は皆無だったに違いない。だが、プロ野球に例えるならば育成ドラフトで入団したような立場だった岡崎は、この日、若い才能たちが幾度も犯したありえないボールロストをほとんどしなかった。止め方、置き方、運び方、どれも一級品。若い選手、特に大学生の上田などは、この際、私生活にまで密着して岡崎のエッセンスを盗んでほしい。
曲がりなりにも勝ち点1を獲得したことで、決勝トーナメント進出の可能性が残ったのは事実。だが、現状の日本にとってはかなり高いハードルでもある。問題は柴崎のパートナー。この日が初代表だった板倉は、チリ戦の中山よりはよかったものの、及第点にはほど遠い出来だった。ここが機能しない限り、ボール保持率で相手を凌駕(りょうが)することは難しい。誰が、どんな形で務めるか。エクアドル戦ではそんなところにも注目したい。(金子達仁氏=スポーツライター)