【コラム】金子達仁
森保ジャパンに見た勇気と決断力 「ジョホールバルの夜」を超えた伝説の夜
2022年12月03日 12:00
サッカー
こんな感動を、興奮を、日本のサッカーで味わえる日は二度と来ないかもしれない。書きながら、そんなことを思った記憶がある。
W杯に初出場した歓喜を上書きするには、W杯で勝つしかない。だが、02年の横浜でつかんだW杯初勝利は、97年11月16日ほどには気持ちを揺さぶってくれなかった。
それは、ジョホールバルで走った予感が確信に変わった瞬間でもあった。生きているうちに、あの感動を超える体験をすることは、ない。超えるためには、W杯で優勝するか、世界を驚愕(きょうがく)させる番狂わせを演じるしかない。ただ勝つだけでなく、展開や内容で衝撃を与える勝利をつかむしかない。
日本にそんな芸当ができるとは、生きているうちに見られるとは、とても思えなかった。
素晴らしく最高なことに、確信は、砕け散った。自分が日本サッカーを、日本人を、見誤っていたことを思い知らされた。
過去、W杯で世界を驚愕させた番狂わせはいくつかある。66年の北朝鮮、82年のアルジェリアなどがその最たる例といえるだろう。
だが、彼らが起こした奇跡は一度、だった。アルゼンチンを倒したサウジも、残り2試合で勝ち点をあげることはできなかった。
日本は二度、やった。それも、ドイツとスペインを相手に、逆転でやった。ちょっとW杯で結果を残すと、すぐに「世界が驚いた」とやりたがるのは日本人の悪い癖だが、今回の日本代表が本当に世界を驚かせたのは間違いない。
わたしが半ばあきらめていたことを、いや、それ以上のことを、日本代表はやってのけてくれた。
驚くべきは、その勇気と決断力である。
前半33分、日本は前線の4人が激しくプレスをかけたものの、相手GKの異様なほど冷静なフィードに見事かわされた。普通だったらまずクリアに逃げるところをキチンと反対サイドにつないだこのプレーには、多くの人が「さすが」と唸(うな)らされたことだろう。
だが、スペインの強さを象徴する場面に、日本は驚嘆するのではなく、むしろ勝機を見いだした。激しくGKに圧力をかければ、逆サイドに展開する。次に同じような場面が訪れたならば、前半33分とは違い、反対サイドの人間も前に出て勝負する。そして、そこからのショートカウンターを狙う。
次に似たような状況を作れたとしても、そのときはGKが違う判断をするかもしれない。それでも、日本のベンチは、選手は、逆サイドへの展開にすべてを賭けた。賭けが外れた際のリスクには目をつぶるということで、チームの意志は統一されていたのだろう。
後半3分、左サイドで三笘と前田が激しく圧力をかけ、バックパスを受けたGKが逆サイドに展開すると、そこは伊東が待ち受けていた。前半の絶望的な空気を一変させた堂安の同点弾は、だから、断じて偶然ではなかった。
逆転と言えばドイツ。それがサッカー界の常識だった。だが、これからは、世界中の多くの人が、奇跡的な逆転と言えば、まず日本を思い浮かべるようになる。
伝説の夜だった。
ジョホールバルが日本人サッカーファンにとっての伝説だとすれば、22年12月1日の日本代表がやってのけたのは、W杯の歴史に刻まれる伝説だった。
世界の伝説を、彼らは作ったのだ。(金子達仁氏=スポーツライター)