【コラム】金子達仁【コラム】金子達仁

世界に変革促したモロッコの勇気と躍進

2022年12月16日 10:00

サッカー

世界に変革促したモロッコの勇気と躍進
<フランス・モロッコ>サポーターの声援を受けるモロッコイレブン(撮影・小海途 良幹) Photo By スポニチ
 【FIFA W杯カタール大会決勝T準決勝   モロッコ0ー2フランス ( 2022年12月14日    アルバイト競技場 )】 【W杯戦記】モロッコにとって、フランスは2つの意味で特別な相手だった。
 一つはまず、フランスが自分たちにとっての宗主国だったということ。親しみを抱く人が一定数いる一方で、屈辱の歴史と考える人も一定数いる。

 試合当日、在フランスの日本大使館は在留邦人に向けて注意勧告のメールを送っている。W杯でフランスとモロッコが戦う。気をつけてください――との内容だった。両国の歴史的関係にはほぼ無関係な日本の国民であっても、不測の事態に巻き込まれる可能性はある。それぐらい特別な一戦だと日本大使館は考えたのだろう。

 純粋にピッチの上だけを考えても、フランスはモロッコがこの大会で対戦してきた相手とは違っていた。スペインは素晴らしいチームだったが、化け物はいなかった。ポルトガルの化け物は、そもそもベンチからのスタートだった。わかっていても止められない、たった一人ですべての局面を打開できてしまう男。それが、フランスにはいた。

 そんな特別な相手といかにして戦うべきか。モロッコの選択は明確だった。感情にブレーキをかけるのではなく、委ねる。井上と戦ったバトラーのように亀になるのではなく、勇敢に打って出る。

 結果的には、それが敗因となった。

 フランスの先制点は、インターセプトを狙って飛び出したDFの裏をつくことによって生まれた。「なぜ飛び出したのか」とヤミクを批判する声が上がるかもしれないが、特別な一戦だったから、勇気をもって戦うと決めていたからこその飛び出しだったとわたしは思う。

 そして、直接的な敗因となったのが彼らの勇気、積極性にあったとするならば、ほぼ決まったかと思われた試合が素晴らしく白熱した展開になったのも、モロッコの勇気に原因があった。

 先制したフランスの側にある種の余裕と打算があったのは間違いない。決勝ではアルゼンチンが待っている。自分たちより1日早く試合を終えて、待っている。ならば、必要以上の無理はしたくない。できる限り余力を残したまま、決勝に進出したい。ベンチからの指示があろうがなかろうが、経験豊富な世界王者たちが先のことを考えないはずがない。そうした姿勢が、モロッコの攻勢を呼び込んだ部分も、確かにあるだろう。

 だが、微笑をたたえてやり過ごすはずだったモロッコの攻勢は思いの外鋭く、フランス人からすれば、笑みが凍りついたであろう場面も何度かあった。決定的とも思われる2点目が決まってからも、モロッコの闘志はついえなかった。

 FIFAが発表したスタッツによれば、シュート数ではほぼ互角、敵陣最深部への進入回数も互角、ボール保持率ではモロッコの方が大きくリードしていた。ブラジルでもスペインでもイングランドでもない彼らが、そこまで世界一を追い込んだ。決勝トーナメントが開始する時点で発表された賭け率では、日本よりも低くランクされていたチームが、である。

 まだ決勝は終わっていない。3位決定戦も残されている。それでも、後年の歴史家の多くは、今大会のモロッコを特別な存在と位置づけることだろう。彼らの勇気と躍進は、世界のサッカーシーンに変革を促すきっかけになった、と。

 ちなみに、モロッコのアラビア語名「アル・マグリブ」には「日の没する地」「西方」という意味が込められているという。日本人としては、特別な意味を見いださざるを得ない符号である。(金子達仁氏=スポーツライター)

コラムランキング

バックナンバー

【楽天】オススメアイテム