【コラム】金子達仁
アルゼンチンを呑み込んだサウジの“2つの罠”
2022年11月24日 11:00
サッカー
試合時間が大幅に延びた。
ちょっと前まで、「5」という数字が表示されると場内がどよめいたアディショナルタイムは、今大会、前後半合わせて15分を超えるのが当たり前になった。時代の流れに寄り添うのが必ずしもいいことばかりだとは思わないが、ここまでの逆行ぶりはなかなか凄い。
考えてみれば、いわゆるドーハの悲劇が起きた時、残された時間がどれぐらいあるかを知っていたのは主審だけだった。目安の表示がなされるようになったのは、それ以降のこと。アメフトやバスケで正確な時間表示に慣れた北米のファンやテレビを意識してのことだったと聞く。極めて緻密でありながら、結果として恐ろしく試合終了時間を読みにくくしたFIFAの最新技術を、アメリカのファンやメディアはどう受け止めるのか。いまから非常に興味がある。
さて、日本人に限らず、世界中の多くの人が度肝を抜かれたSAOTだが、どうやら、その導入による効果をあらかじめ予測していた人もいたらしい。サウジアラビアのルナール監督である。
アルゼンチンと対戦するにあたり、彼は極端に浅い最終ラインを敷くという、アジア最終予選では一度もやらなかった策を取った。人間の目であれば見逃すこともある微妙なオフサイドも、機械の目なら見つけてくれる。そう信じたとしか思えない必然の罠(わな)(オフサイド・トラップ)が、結果的にアルゼンチンの攻撃を封じ込めた。
もっとも、アルゼンチンにとっての最大の罠は、偶然仕掛けられたものだったかもしれない。つまり、“中東の笛”ならぬ“中東の罠”。
開催国にしてアジア王者のカタールは、南米予選4位のエクアドルに完敗した。試合前の国歌を歌うことを全員で拒否したイランは、イングランドに粉砕された。アルゼンチンの立場からすれば、同じ中東のサウジは警戒心を高めるのが相当に難しい相手だった。
だからなのか、決まったと思われたゴールがオフサイドで取り消されても、アルゼンチンの選手たちは怒らなかった。メッシに至っては、苦笑いさえ浮かべていた。相手を危険な存在と認識していれば、まずありえない反応。まあいいさ、次のチャンスをモノにすればいい。チーム全体にそんな意識が蔓延(まんえん)しているようにわたしには見えた。
それが、命取りになった。
過去、1次リーグで敗北を喫しながら黄金のカップを抱いたチームはいくつかある。だが、初戦に敗れながら頂点に立ったチームは、南アフリカ大会のスペインただ1チームしかない。
偶然と必然、2つの罠に呑(の)み込まれたのがアルゼンチンだったとしたら、サウジが巻き起こした番狂わせの渦を力業で乗り切ったのがフランスだった。オーストラリアに先制点を奪われながらの逆転勝ち。この勝ち方はチームに勢いもつく。連覇への道は、最高の形でスタートしたと言っていい。(金子達仁氏=スポーツライター)