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【内田雅也の追球】決戦前日に将が見せた柔らかな表情 「最後の」刀を抜く時が来た

2024年10月12日 08:00

野球

【内田雅也の追球】決戦前日に将が見せた柔らかな表情 「最後の」刀を抜く時が来た
青空の下、甲子園での練習を見つめる岡田監督 Photo By スポニチ
 阪神監督・岡田彰布がグラウンドに帰ってきた。風邪による体調不良で2日間休み、3日ぶりに甲子園球場での練習に姿を見せた。
 秋晴れの下、シートノックが行われていた。ノックバットを手に一塁側ファウル地域に立ち、目を光らせる。フリー打撃に移ると、横を走り抜ける選手たちが「おはようございます」とあいさつしていく。岡田は「おう」と短く応えていた。

 ただし、サングラスをしているため、その眼光や表情は見えなかった。

 午後に行われた「2024 JERA クライマックスシリーズ(CS) セ」共同記者会見で黒めがねが外された。病み上がりで、まだ、しんどそうだ。目は優しく、表情は穏やかというか、柔らかだった。

 先月29日に今季限りでの退任が決まり、肩の荷が下りたのか。疲れが出たのだろう。ただし、本当の勝負師は穏やか、柔らかの中に鋭い切れ味を隠しているものだ。

 映画『椿三十郎』(監督・黒澤明)で、飢えた獣のような主人公の浪人、三十郎(三船敏郎)を家老の奥方がたしなめるシーンがある。

 「あなたは何だかギラギラし過ぎてますね」
 「ギラギラ?」
 「そう、抜き身みたいに」
 「抜き身?」
 「あなたは鞘(さや)のない刀みたいな人。よく斬(き)れます。でも本当にいい刀は鞘に入ってるもんですよ」

 本当に斬れる刀は普段は鞘に収まり、必要な時にだけ、瞬発的な力を発揮する。

 采配もよく刀など刃物にたとえられる。「切れ味」の鋭さ、鈍さをいう。指揮官の判断や指示が鋭く、正確である様子を描写する。優れた采配も複雑な状況をスパッと解決し、的確な判断を下すことができる。

 アーネスト・ヘミングウェーの『敗れざる者』=『男だけの世界』(新潮文庫)所収=は年老いた闘牛士の不屈を描く。剣で牛を仕留める時の心得はスペイン語で「コルト・イ・デレチョ」という。「瞬時に、まっしぐらに」と訳がある。采配と同じだ。最後まで勝負に生きる岡田もまた「敗れざる者」だろう。

 三十郎のラスト。決闘で相手を斬り倒し、群がる若侍たちに「あばよ」と背中を見せて去る。

 岡田の刀はまだ鞘の中だ。きょう12日からのCS、そして日本シリーズで抜かれる。 =敬称略=
 (編集委員)

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