【選抜100年 世紀の記憶(3)】「元祖・怪物」江川卓の衝撃 3人の証言から51年前の剛速球を再検証
2024年01月23日 06:00
野球
73年3月27日、東西横綱の対決を目当てに5万5000人が聖地に押し寄せた。のちに西武、近鉄で活躍する慶元(けいもと)秀章(当時は秀彦)は開会式直前に緊張からトイレに駆け込む。そこに作新学院のユニホーム姿の選手がいた。「なんや、この大きなお尻は…」。背中には背番号1。北陽の選手と江川の初対面だった。開会式後、遠投をする江川に再び驚かされる。「軽く投げた球がグッグッ!と3段階ぐらい伸び上がっていた。皆もあぜんとしていた」。北陽のエースは、高卒ドラフト2位で近鉄に入団する有田二三男だ。関西No・1右腕を知る選手たちが、キャッチボールを見ただけで腰を抜かしていた。
そして甲子園初登板となる「怪物」の奪三振劇が幕を開ける。初回先頭、剛速球に三振の冠野典久が2番・慶元に耳打ちした。「速くないわ」。強がった冠野の顔色が真っ青だった。慶元もかすりもせずに三振。「打てる、大丈夫や」とウソをつく顔が引きつった。初回はカーブ1球を除く直球勝負に3者連続三振。2回1死、有田の捕手後方へのファウルで23球目にして初めてバットに当てると、静まりかえっていた観客から拍手が起きた。
その球筋を説明するときは、口ぶりが今でも興奮気味になる。慶元は「150キロは出ていた。ボンッ!と来るバズーカ砲みたい」、3番の広瀬は「球が見えずに影が通り過ぎる火の玉のようだった」と表現する。さらに2人は口をそろえて付け加える。「本気で投げたのは初回ぐらい」。秋季大会で出場30校中トップのチーム打率・336を誇った打線に、力を加減して三振の山を築いていたのだ。
打者一巡を終えて8三振、1四球の惨状でも、江川攻略の雰囲気を感じさせる打者はいた。初めて江川の球をバットに当てた5番・有田、1打席目の初球に強烈なライナー性のファウルを放った6番・杉坂高の2人だ。そして0―1の4回2死無走者。有田がチーム初安打となる右越え三塁打を放ち、絶好機で杉坂に打席を回した。
しかし杉坂は高橋克監督のサインに目を疑う。「本盗?」。初球は真ん中直球だった。数少ない失投を見送ったのに、三走の有田がサインを見落としていた。2球目も指示は変わらない。今度は有田が走り出すも、三本間の中間付近で悠々とタッチされた。「見逃した直球が今でも目に焼きついている。打てた気がした」。こうして、最初で最後の好機をあっけなく逸した。
5回1死での左飛まで、本盗失敗を除いたアウトは全て三振だった。記録的ペースで三振が積み上がっても、打者はバットを長く持って振り回し続けた。試合前、指揮官が念を押していた。「当てにいくと振り負ける。三振を怖がるなよ」。広瀬も「悔いは残したくない。最後まで強振すると決めていた」と今でも方針に間違いはなかったと考えている。
6回からは3イニング連続で安打が出たが、走者が出れば力を入れられ、ひねられた。そして迎えた0―2の9回に喫した3者連続三振により、語り草となる「19三振」が刻まれた。その裏には、強振を貫いた北陽のせめてもの意地も隠されていた。
当時は球速表示がなかった。100年を迎えた選抜史上、江川が最速投手だった可能性もある。NPBで通算486試合に出場した慶元が証言する。「プロで村田兆治さんや山口高志さんらとも対戦したけど、選抜の江川が一番速かったよ」。こうして聖地に初見参した怪物の正体が、日本中に知れわたった。 =敬称略=
(河合 洋介)
◇江川 卓(えがわ・すぐる)1955年(昭30)5月25日生まれ、福島県出身の68歳。作新学院(栃木)では73年春の選抜4強、同夏の甲子園大会2回戦敗退。同年のドラフトで阪急(現オリックス)に1位指名されたが、拒否して法大に進学。東京六大学リーグ歴代2位の通算47勝、同最多の通算17完封をマークし、5度のリーグ優勝に貢献。77年ドラフトでもクラウンライター(現西武)に1位指名されたが、再び拒否。翌78年に巨人入団。81年に20勝など最多勝2度、最優秀防御率1度、MVP1度。通算266試合135勝72敗3セーブ、防御率3・02。87年限りで現役引退。1メートル83、90キロ(現役時)。右投げ右打ち。
《「平成の怪物」は松坂大輔》江川に続き、不世出の剛腕投手として「平成の怪物」の異名を取った横浜(神奈川)の松坂大輔は、98年の第70回記念大会で聖地初見参を果たした。報徳学園(兵庫)との2回戦の2回には、5番・鞘師智也(元広島)に対して投じた4球目が春夏を通じて甲子園大会史上初となる「150キロ」をマーク。その試合で2失点完投勝利を挙げると、続く3回戦、準々決勝を連続完封で勝ち上がった。準決勝でPL学園、決勝では関大一と大阪勢を連破し、紫紺の大旗を手にした。
松坂は続く夏の甲子園大会でも「怪物」だった。準々決勝でPL学園と延長17回の激闘を演じ、京都成章(京都)との決勝では大会史上2人目となる決勝戦でのノーヒットノーランを達成。史上5校目となる春夏連覇の原動力となり、聖地に記録と記憶を刻んだ。
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