【内田雅也の追球】修羅場で「自分を知る」

2024年05月02日 08:00

野球

【内田雅也の追球】修羅場で「自分を知る」
<広・神>粘投した伊藤将(撮影・大森 寛明) Photo By スポニチ
 【セ・リーグ   阪神2―2広島 ( 2024年5月1日    マツダ )】 阪神3番手、加治屋蓮はどうしたのだろうか。2―1の7回裏、1死から野間峻祥、堂林翔太の3、4番に連続四球を与えた。この間1球しかストライクが入らなかった。慎重に過ぎたのか。
 直後、代わった桐敷拓馬が不運なポテン打を浴びて同点。結果、延長12回まで戦い引き分けた。

 必勝を期した継投で唯一の誤算だった。試合後、監督・岡田彰布が口にしたのも「あの2つの四球よ」だった。

 一方で意味のある四死球もある。先発・伊藤将司は5回まで実に107球を投げた。ピンチの連続で綱渡りのような投球だった。それでも適時打を与えず、1失点(自責0)でしのいだ。

 光ったのは得点圏に走者を背負ってからの投球だ。この夜は打者のべ7人に3打数無安打、2四死球、2犠打飛だった。

 四死球は3回裏2死一、三塁での堂林への四球、5回裏1死二、三塁での野間への死球である。際どいコースを突いた結果、満塁を招いたのだが、1失点で切り抜けた。

 岡田が岩崎優をたたえる「危ないと思ったら、逃げるからな」という投球術ではないだろうか。伊藤将もマウンド上で冷静でいたのだろう。

 もう勝ちのない12回裏2死一、二塁でも「三塁が空いている」と考えられる。代打・坂倉将吾の四球も視野に入れ、次打者・会沢翼の2人で1死という慎重さである。結果は坂倉に初球、ヒヤリとする中飛だった。

 米国の政治評論家、ジョージ・F・ウィルが書いた『野球術』(文春文庫)に<「無理するな」は野球国憲法第一条>とある。<自分の能力を超えることをやろうしてはいけない。(中略)彼ら(メジャーリーガー)は自分に何ができて何ができないかをよく知っている。「無理をしない」とは、自らのバランスを維持することだ。手の届かないものを背伸びして求めてはいけない>。押すばかりでなく引くのも勝負の極意なのだ。

 同じ勝負師、プロ棋士の羽生善治が<孫子の兵法に「敵を知り、己を知れば、百戦危うからず」とありますが、究極の学習というのは「自分をきちんと客観的に知る」(メタ認知)と「相手の気持ち、考え方、感情を知る」(思いやり)であるとおもっています>=今井むつみ『学びとは何か』(岩波書店)=。

 修羅場でこそ自分を見つめ、相手の気持ちを読むのである。 =敬称略= (編集委員)

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