【内田雅也の追球】「快打正面」の法則 阪神・秋山の好投を予感させた「伊良部理論」

2021年04月02日 08:00

野球

【内田雅也の追球】「快打正面」の法則 阪神・秋山の好投を予感させた「伊良部理論」
<広・神>6回無死一塁、阪神・秋山は会沢に右前打を打たれる(撮影・大森 寛明) Photo By スポニチ
 【セ・リーグ   阪神6ー3広島 ( 2021年4月1日    マツダ )】 阪神・秋山拓巳の好投を予感させたのは序盤に浴びたライナー性飛球である。2回の松山竜平中飛と3回のケビン・クロン右飛だ。バットの芯で捉えられ、飛んだコースが違えば長打だった。
 こうした快打が野手の正面や守備範囲内に飛ぶ現象を歓迎していたのが伊良部秀輝である。ロッテから大リーグ・ヤンキース、阪神でも活躍した剛球右腕は理論派だった。

 「見た目は三振の方が格好いいだろうけれど、僕の場合はカーンと打たれても、野手の正面を突く方がいい」

 「きちんとしたフォームで投げていれば、いい当たりをされても野手の守っているところにボールは行く」

 長年、代理人を務めた団野村が『伊良部秀輝――野球を愛しすぎた男の真実』(PHP新書)で明かしている。2011年7月に他界した後、文中で「ヒデキ」と呼びかけ、思い出を記した。

 秋山は5回まで1人の走者も許さぬパーフェクト投球だった。ただし、ライナー性飛球が示す通り、完全に広島打線を抑えこんでいたわけではなかった。それでも、そのライナー性飛球が好調を示していたわけだ。

 大きく振りかぶるワインドアップ投法だが、5回には走者なしでもセットポジションで投げた。再び松山にライナー性の右飛を浴びている。

 投手は常に不安と闘っている。「このままでは、いずれ通用しなくなるのではないか。打たれるのではないか……」団野村は<そういう強い恐怖心、おびえがヒデキの心の中には常にあり、それが彼の研究心、探究心を駆り立てることになった>とみていた。

 伊良部と初めて会ったのは2002年3月、レンジャーズ・キャンプ地のフロリダ州リー・カウンティのロッカールームだった。ブルペンでの投球を見た後、何球か投げていた大きなカーブについて質問すると、話が止まらなくなった。「オレのカーブに目を付けた記者は今までいなかった」と、体重移動や腕の振り方について熱く語っていた。今も懐かしく思い出す。

 投球は実に繊細だ。伊良部は「ピッチング・メカニクスは心理状態や考え方で変わってくる。精神状態が身体の動きを大きく左右する」とも語っていた。

 リードが大量6点に開いた6回、先頭のクロンに左前打され、パーフェクトもノーヒットノーランも消えた。続く会沢翼は詰まらせたが二塁頭上を越え、右前に落ちた。

 ポテン打について<ヒデキは「運がない」とは捉えなかった>。なぜなら<メカニクス通りに投げていないことを示しているからである>。

 心理学者マイク・スタドラーが野球を研究した『一球の心理学』(ダイヤモンド社)によると<ボールをリリースするタイミングが1000分の1秒速くなりすぎただけでも、大リーグ級のピッチャーにとっては不正確>という世界なのだ。

 この回のピンチは併殺でしのいだ。7回も連打から2死二、三塁まで粘った。だが、堂林翔太の快打は猛ゴロとなって三塁手正面に飛び、左前に抜けて2点打となった。

 阪神としては広島での3連敗は何としても避けたかった一戦。この夜の勝利の殊勲者は打では糸原健斗が目立ったが、秋山の投球がチームに安心感を呼んだのが大きい。立派なヒーローだった。持ち前の制球力、緩急差をいかした投球が光っていた。

 その投球のなかにあらわれたのが、快打が正面に飛ぶのは順調で、凡打が安打になるのは変調という独特な見方。どうも、伊良部の法則は生きているようである。=敬称略=(編集委員)

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