『このろくでもない世界で』キム・チャンフン監督「暴力が一人の人生にどんな悪影響を及ぼすのかを話す作品」

2024年07月25日 17:30

――初めての長編とは思えないほど簡単には作れない素材と重い話です。

キム・チャンフン監督:シナリオを書いた当時、生計のためにアルバイトをしていましたが、生きるのが本当に思い通りにいかないと思っていた時期でした。積極的に行動することで全く予想できなかった結果に陥るような例をいろいろ見ながら悩みが多かったです。そのような重い考えと観点が多く反映されました。シナリオを読んでサナイピクチャーズのハン・ジェドク代表がすぐ連絡をくださいましたが、しばらく現実的な問題で進行が難しかったんです。

――サナイピクチャーズの代表がシナリオに注目し、以後ソン・ジュンギが関心を示しプロジェクトに速度がついたようですね。

キム・チャンフン監督:新型コロナウイルス感染症の時でした。ハン・ジェドク代表が「今後どんなことが起きるか分からないが、条件を問わず本当にやりたい作品をしなければならないという気がした」と言っていました。そうして『このろくでもない世界で』のシナリオがプラス・エム・エンターテインメントに伝わりました。その時、ソン・ジュンギが主人公ではないのに本作のシナリオを読んで一緒に仕事をしたいと提案してくれたそうです。ソン・ジュンギ先輩はホン・サビン、キム・ヒョンソはもちろん、新人監督である私が現場で活躍できるような雰囲気を作ってくれました。

――主人公のヨンギュ役に新人のホン・サビンを果敢にキャスティングした点も注目を浴びています。

キム・チャンフン監督:ヨンギュの役割は、比較的あまり知られていない俳優と一緒にやりたかったんです。どこかで本当に生きている人物に会ったように見えることを願いました。キム・ヒョンソさんは、歌手BIBIとしての舞台の映像やミュージックビデオを見てから、いつか演技をしてもよさそうなエネルギーを持った方だと思っていました。

――どん底を自ら経験せずには表現しにくいディテールが生きているようです。

キム・チャンフン監督:うれしい褒め言葉です。厳しい環境から抜け出そうともがいているが、そうすればそうするほど泥沼に陥っていく話です。自伝的な経験が反映されたのかとよく質問されますが、そうではありません。ただ、人物の関係性、映画が言おうとするテーマ、全体的な態度や雰囲気、例えば路地の感じなどには私の経験が自然に溶け込んでいるんです。さらに犯罪世界が加わるとどうなるだろうかという想像を加え、複合的な形で作り出しました。犯罪映画、ギャングスター、ノワールのようなジャンルが好きな趣向も反映されました。

――中盤まで町の匂いまで感じられるほど生き生きとした空間を描いています。

キム・チャンフン監督:ミョンアン市という仮想の都市を背景にしていますが、実在する空間のように感じられるのが重要でした。離れたいが去ることができないところ、一生閉じ込められているしかない監獄のようなところ、その一方で食べて寝て休む人生の基盤が与える不思議な安楽さのような感じを与えたかったんです。ヨンギュの家は私がうまくいかなかった時期に母親と一緒に暮らしていた家をモチーフにしました。チゴンのアジトは彼らだけの王国、要塞を想像しながらデザインしました。世界そのものが溜まっているという感じ、窮屈さを伝えようと努力しました。

――「ミョンアン市」には、実際にある空間のようにぎっしり詰まったディテールで表現されています。

キム・チャンフン監督:建物であれ土地であれ、周辺環境であれ、少しでも新しいものがあってはならないという原則を立てました。人物たちが感じている窮屈さと疲弊は目に見えない抽象的なものです。このような感情を視覚化し、観客も一緒に感じてもらうために都市を成すすべてのことを「古道具」のように表現したかったんです。一例として、ヨンギュの家は天井が低く幅は狭いのに長い奇妙な形です。そこから抜け出せない閉鎖性を見せたかった。チゴンの事務室もやはり建物の裏に空き地と車庫があって閉鎖的な感じがする。古い空間というアイデンティティがよく表れるように、実際に捨てられた喫茶店を見つけて撮影しました。

――ミョンアン、ヨンギュ、チゴン、ハヤンといった名前はどう付けたのでしょうか?

キム・チャンフン監督:ミョンアンは漢字で「暗い明、穴の中」という字を使って抜け出せない地獄のような感じを込めました。ハヤン(白)はこの世界で唯一光のような存在だったため、明確に付けられた名前です。ヨンギュは語感で考えました。「ヨン」は軟弱な感じだが「ギュ」のきつい音は以後、ヨンギュが迎える変化を連想させる。チゴンの荒々しい語感は直観的に思い浮かびました。

――ソン・ジュンギを除いて主演のホン・サビンも初長編で、妹ハヤン役のキム・ヒョンソも俳優としては新人です。

キム・チャンフン監督:意図したわけではないですが、そうなりました(笑)。経歴が重要ではなかったし、役割にどれだけよく合うのか、その感じをさらに重点的に見ました。おかげで心を開いて一緒に作っていくうちに、お互いに対するある確信と信頼が生まれました。その後、私がすべきことは俳優たちが持つ想像力を最大限に広げられる舞台を作ってあげることぐらいでした。

――「父と息子」の抜け出せない絆とか、大人の暴力性が子供たちに受け継がれるという話は、実は韓国映画で多く繰り返された素材です。このテーマが陳腐に見えないよう、監督ならではの新しい見方を溶け込ませるために、どのように悩みましたか?

キム・チャンフン監督:単純に暴力的な環境に置かれた人物の状況を描くよりは、そのような状況がどのような破局の原因になりうるかを示そうとしました。また、一人の人物の過去と未来をチゴンとヨンギュのキャラクターを通じて、まるで鏡のように具現化し、一本の映画に盛り込みたかったんです。同じ人生を生きてきた2人がお互いを眺めながら自分自身を振り返る過程で、私がしようとした話を投影すれば、さらに面白い話になるのではないかと思いました。

――暴力描写がかなり激しいです。マスコミ配給の試写会の時も、あちこちで苦しそうにしている記者が続出したようです。

キム・チャンフン監督:『このろくでもない世界で』は暴力が一人の人間の人生にどんな悪影響を及ぼすのかを話す作品です。そのため、暴力が登場するのは避けられない。そのためジャンル的でない方式で接近しようとしました。家庭内暴力は非常に敏感な事案であるため、直接的に描写する代わりに、サウンドやヨンギュの母親であるモギョンの反応を通じて、どんなことが起きているのか見当がつくようにしました。組織内で起こる事件も、直接的な描写よりは人物の情緒に集中しようとしました。

――後半部にハヤンが自発的にチゴンの人質になる場面は論難の余地がありうると思います。

キム・チャンフン監督:環境的要因がどれほど大きな危険性を内在しているかを示すためには、ヨンギュの危険な選択がヨンギュと関連したすべての環境に影響を及ぼさなければならなかったのです。そのため、チゴンだけでなくハヤンやヨンギュの家庭全体にも影響を及ぼす事件が必要でした。また、ヨンギュとチゴンは映画的には同じ人物だが、違う結末を迎える理由を示さなければならなかった。ハヤンはヨンギュにとって真の意味での保護者であり、チゴンにはそのような存在がない。ハヤンの選択をヨンギュが目撃した瞬間、むしろ能動的な態度を取ったため、ヨンギュは今のような結末を迎えることができました。

――もともと3つのバージョンの結末があったと聞いた。今のエンディングを選んだ理由は何か。

キム・チャンフン監督:以前はチゴンが今よりもっとクールなキャラクターでした。ヨンギュとチゴンの戦いを止める過程で、ハヤンが事故で亡くなり、チゴンが酒から覚めた後、自分がヨンギュの父親ジョンドクと同じ怪物になったことに気づき、後悔する。その瞬間、ヨンギュも怪物になってチゴンを攻撃し、父親も殺すというバージョンがありました。ハヤンは生きているが、ハヤンの目の前でヨンギュが父親を殺す結末もあった。そして、残りの一つが今のエンディングです。ヨンギュは暴力的な環境に流されて、自分の本性とは反対の選択をし、そのような選択一つ一つが世界全体に悪影響を及ぼすことになります。ヨンギュの選択によって破局が起こるが、同時にヨンギュは被害者でもあります。そのようにヨンギュが経験したすべての事件は結局、彼の成長へと帰結しなければならず、少し違う選択をしてこそ継続して生きていける力を得るのではないかと考えました。これまでは暗鬱だったが、ヨンギュの残りの人生に小さな光を与えたかったんです。

――こうして、初の長編が実を結んだ感想はいかがですか?

キム・チャンフン監督:責任感、そして希望。やりたいことをやれという応援と激励を受けた気分です。ヨンギュが夢見た「ファラン(オランダ)」のように私にも漠然としていた希望が具体化し始めました。良い縁と機会にただ感謝するだけです。



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