中尾彬さん死去 俳優としても唯一無二の存在感 幅広い出演作「アウトレイジ」「GTO」「翔んで埼玉」…
2024年05月22日 12:55
芸能
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役者への憧れは小学生の時。地元の千葉県木更津市で行われた1949年公開の映画「足を洗った男」のロケを見学し、主演の長谷川一夫に「おじさん、僕も役者になりたい」と直談判し、「高校を出たらまた来なさい」と諭されたというエピソードがある。
その後も俳優になる夢を持ち続け、62年に日活ニューフェイスに合格。チンピラ役を中心に出演した。その後、63年に劇団民芸の研究生となり、都会的な二枚目で注目された。70年にフリーとなった後はテレビドラマにも活躍の場を広げ、78年のテレビ朝日「暴れん坊将軍」の徳川宗春役で一気に知名度を上げた。
2時間ドラマの黎明(れいめいき)期に入ると〝裏のある顔〟で存在感を高めていき、70年代後半からは「白昼の死角」「極道の妻たち・最後の戦い」「激動の1750日」など東映アウトロー・やくざ路線の常連に。一方で、93年「ゴジラVSメカゴジラ」からゴジラ対策の司令長官や首相役でシリーズにレギュラー的に出演。「アウトレイジ」でも存在感を示した。
1998年放送のフジテレビ系「GTO」では、反町隆史演じる主人公・鬼塚英吉を学園から追放しようとする教頭を演じた。2019年公開の「翔んで埼玉」では、埼玉をディスる急先鋒(せんぽう)の東京都知事をすごみを持って演じた。
普段の中尾さんはソフトな語り口で柔和な笑顔が魅力的。演じるのが真逆の役どころが多いことに、スポニチの取材にこう語っていた。「仕事の役柄と私生活のギャップが大きければ大きいほどいいんだ」。俳優としても唯一無二の存在だった。