林家木久扇 大御所落語家に「気に入られたきっかけ」明かす 前座時代に楽屋で…その後「笑点」抜てきへ
2024年06月14日 17:04
芸能
すると当時は柳家小ゑんだった談志さんが飛び込んできたといい、「いや暑い暑い、たまらねえなあ。こんな暑い日に高座でも汗流さなくちゃいけねえのか。降りたら風呂に行かなきゃなんねえのか」とつぶやいたとした。
自身は前座で働いていたが「やっぱり汗かくもんですから、一式タオルと石けんとカミソリとそれ持ってたんですよ」と木久扇。すると談志さんが高座から降りて来たため、「兄さん、これ使ってください」と風呂の用意一式を差し出したという。
すると談志さんは「これ、おめえのか」と一言。木久扇が「はい、あたくしもお風呂よく行くもんですから」と続けると、談志さんは「おめえ、すげえな。おめえ、売れるぞ」と言ってくれたとした。
「それからね、なんだかんだ楽屋のお茶出しもね、高座返しの時も真ん中にね座布団置くとか、全部指名されて。僕になったんですね」と回顧した。
その後は「笑点」がスタートすると、「若手大喜利っていうのに、二ツ目になったら入れてくださって」と木久扇。「(柳家)小三治さん(21年死去)なんかも一緒に出てました。そしたらまあ、(談志さんが)参議院議員に立候補しましたから、(『笑点』の司会を)降りました。で、若手大喜利の中からって言うんで、あたくしを後押ししてくださってレギュラーにしてくれたんです。だからあたくしは(司会が)前田武彦さんの時になったんです」と振り返った。
年齢は談志さんは木久扇の2学年上だったが「でも入門が早かったから。大先輩なんです」と語った。