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苦労人「ボー・ゴス」はどこまでやれる?

2023年08月02日 01:30

サッカー

 日本には、サッカー界のイケメンにうっとりするサイト(!)というのがあるらしい。それによると、女子フランス代表を率いてワールドカップを戦っているエルヴェ・ルナール監督は、「前髪」が素敵なのだそうだ。「な、なるほど・・・」。
 フランスにはさすがにそういうサイトはないが、一時期フランスのテレビ番組にルナールの映像が出ると、歯磨きのCMのように、微笑んだ「白い歯」にキラキラッと星が輝いたものだった。もちろんからかい調である。

 フランスではいわゆるイケメンを「ボー・ゴス」(美男子)と呼ぶ。または英語を使って、「プレーボーイのルック」(ルックはルックス)とも言う。ルナールにはきまってこれらの前置きがつけられてきた。だが、意外かもしれないが、フランスでは必ずしも褒め言葉ではない。「いくら美男美女でも超がつく実力がないなら認めない」。これがフランスなのである。したがってルナールも、ここまで国内では絶対的地位を築いていない。

 ところがルナールは、ザンビアでは「神様」状態だ。ザンビア代表を率いて、凄まじく難しいアフリカネーションズカップ(CAN)を制覇したのは11年前(2012年)。このときルナールは、「シュミーズ・ブランシュ」(ホワイト・シャツ)で有名になり、ザンビアの男たちはこぞってルナールと同じフィット気味の白シャツを着、女たちまで家にポスターを飾るほどだった。いまでもルナールが道を歩けば、数分で数千人が取り囲むだろうと言われている。

 ザンビアだけではない。ルナールはアフリカ全体でも「カリスマ的」である。ザンビアに次いでコートジボワール代表を率いると、再びCANに優勝(2015年)。さらにセネガルでは、2000年ワールドカップでフランス代表を砕ききったフランス人監督ブリュノー・メツ(故人)の遺志を引き継ぎ、ホテルつきの広大な育成施設とスタジアムを建設・拡大してもいる。

 またサウジアラビア代表を率いた昨年のワールドカップでは、世界王者となるアルゼンチンを撃破(2022年)してビッグサプライズを起こした。

 そして2023年――。彼は莫大な給与の契約を破棄すると、女子フランス代表を率いてワールドカップに挑戦したのである。しかも「ボー・ゴス」は、前髪も白シャツも白い歯も振り乱してベンチから絶叫、初戦(0-0)からトロトロしていた女子代表の目を覚ますと、ついにブラジルを下したのだった(2-1)。

 マネージメントも的確だった。負傷していたキャプテンのウェンディー・ルナールを全面的に信じ、プレーするかどうかを本人に任せたのである。だから彼女も責任をとりきった。90分以上プレーしたうえ、彼女のヘッドが決勝弾になったのだ。ルナールの最後の激怒からは、「ボー・ゴス」イメージなどどうでもよく、「絶対にブラジルを下しきれ!」と選手たちに訴える、凄まじい決意とゲキが伝わってきた。

 フランスでもいま、ルナールのイメージは変わりつつある。単なる「ボー・ゴス」ではないことが知られ始めたのだ。むしろ好感さえもたれ始めている。「コートダジュールのプレーボーイ」どころか、凄まじい苦労人だったからである。

 彼の生まれは、華やかな海辺ではなくアルプスの山の麓。しかもほとんど母子家庭で、母が必死にエルヴェ少年をフットボールの練習に送迎していたという。当時育成で有名だったASカンヌに入ったのも、半分は偶然。カンヌから別の選手にトライアルの誘いが来たとき、育成コーチが「もう一人いる」と推薦してくれ、結果的にディフェンダーだったエルヴェ少年が合格したのだった。15歳になる前だった。

 そんなエルヴェ少年は早々とリーダーシップを発揮し始め、短いがアーセン・ヴェンゲルにも指導された。当時のカデ(現在のU-15)フランス代表にも招集され、ディディエ・デシャン現男子代表監督と一緒にプレー。やがてカンヌのリザーブチームでは、あのジネディーヌ・ジダンのキャプテンさえ務めた。

 だがプロになってからは開花しなかった。トップリーグ出場は1試合のみ。やがてカンヌを出て3部リーグに落ちていき、妻子を養うために生活費を工面しなければならなくなった。そこで「RV Net」という零細清掃会社を立ち上げ、午前2時に起きては、社員と一緒に用具一式を抱えて出発、リゾート地カンヌの有名ブティックの窓拭き、富豪やスターがジェットセットで遊びまくった後の豪邸の清掃、マンションの共有部分の掃除などをこなした。

 それでもフットボールはやめなかった。そして下部リーグの選手兼監督を務めたころから、指揮官の道を意識し始めた。苦労人なのにポジティブで、巨大なメンタルと適応力をもつルナールは、こうして先輩クロード・ルロワとともに世界に挑戦し始め、やがて独立。ザンビア、ガーナ、アルジェリア、中国、ベトナム、コートジボワール、モロッコ、サウジアラビア・・・。「フランスから来た白い呪術師」の系譜に入ったのである。

 ASカンヌでジダンを育てたギー・ラコンブは言う。「何だかんだ言って彼は、ヤズ(ジダンの少年時代の愛称)のキャプテンだったんだぞ。エルヴェは若い子たちとの関係で恐るべき役割を果たしてくれた。彼とヤズでわれわれ(リザーブチーム)は1990年に、D4からD3に昇格したんだ」

 また亡きブリュノー・メツ監督はセネガルで、まだ会ったこともないルナールをテレビで見、妻のヴィヴィアンヌさんにこう語ったという。「自分を見ているような感じだ。彼は僕と同じ軌跡を描くだろう」――

 一方、敗退が決まったザンビアでは、多くの国民がフランスを応援している。国営テレビの女性ジャーナリスト、メモリー・マリサワさんはレキップ紙の取材にこう断言しているほどだ。「彼は(チームに)一体感を創り出すでしょう。率直に言って、彼とならフランス代表は優勝できる、と想像しているわ」

 フランスは2日、決勝トーナメント進出をかけてパナマ(敗退決定)と対戦する。選手たちが監督に学んで地に足をつけ、パナマに敗けさえしなければ、グループリーグ突破だ。謙虚な苦労人の「ボー・ゴス」は、フランス女子を率いてどこまで行けるだろうか。(結城麻里=パリ通信員)

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