【コラム】海外通信員
悪魔に惚れたブルーの貴公子 ヴァランヌがマンU入り
2021年07月29日 06:00
サッカー
それにしてもエレガントな移籍だった。
まずは相思相愛の関係だ。
そもそもマンUは10年前の2011年からヴァランヌを獲得しようとしていた。当時のヴァランヌはまだ北フランスの育成クラブRCランスに在籍中で、18歳の若さながらめきめきと頭角を現しており、本人もMUにかなり惹かれていた。
だが天下のレアルでリクルーティングに関わっていたジネディーヌ・ジダンが、放っておくはずがなかった。フランスのレジェンドに守られたヴァランヌ少年はこうしてレアルに旅立ち、やがてジダンも伝説の監督に。そのもとで本人も成長を重ねた。
この結果ヴァランヌは、チャンピオンズリーグ(CL)を4回も制覇(2014、16、17、18年)し、マンUがクラブとしてCLを制覇した回数(3回)さえ上回ってしまった。2018年にはフランス代表でも、副キャプテンとしてワールドカップを制覇した。
ヴァランヌがレアルを出たいと思ったのはこの直後。MUがまたヴァランヌを獲得しようとしたときだった。だがジダン監督が続投を決めたため、最後のご奉公を誓った。そして今回、10年間の奉仕を全うし、ついに「赤い悪魔」入りを決意したのだった。10年越しの相思相愛が実った瞬間だった。
とはいえヴァランヌは、レアルに感謝するのも忘れなかった。
従来からの巨額赤字にコロナ禍が加わり、凄まじい財政難に陥ったレアル・マドリーは、カネを必要としていたからだ。
ヴァランヌの契約はあと1年で満了だったため、フリーになるのを待って、“クラブ間の移籍金無料=選手本人に多額の契約金”という道を選ぶこともできた。この場合レアルは0ユーロで大損に終わる。だがヴァランヌは今夏移籍を選ぶことで、レアルに5000万ユーロ(プラス種々のボーナス)が入るよう気配った。1000万ユーロで購入した選手を5倍化して、大きな利益を得たことになる。
もちろんRCランスにもしっかり配慮した。
上記の移籍金が発生したことで、育成クラブであるRCランスも、FIFAの規定により約250万ユーロの育成補償金を受け取れるからである。
またマンUも助かった。
レアルのフロレンティーノ・ペレス会長は当初、7000万ユーロ以上を要求して譲らなかったが、本人の意志が固いのをみて値下げ交渉に応じ、マンUは言い値より安く購入できたからだ。
そしてヴァランヌ本人も、潤沢なイングランドに渡ることで給与をほぼ倍化することになる。
だが「レ・ブルー」の副主将が望むのは、カネよりも、フレッシュな挑戦だ。恩師ジダンも相棒セルヒオ・ラモスも去り、サイクル終焉感が漂うレアルに別れを告げて、「赤い悪魔」の新プロジェクトに挑戦したかったのである。
金満クラブ用スーパーリーグ構想を2日間で葬ったサポーターの大抗議運動を受け、オーナーのグレーザー家も少しは“シモジモ”の声に耳を傾けざるをえなくなり、移籍市場でも投資を決意している様子。スールシャール監督も契約を更新し、2017年にヨーロッパリーグ(EL)を制覇しただけの老舗を再上昇させたいと思っている。
そんななかヴァランヌも、マンUの弱点になっていたディフェンス力を引き上げて高みに導くという挑戦に、静かな闘志を燃やしているところだ。プレッシャーも大きいが、MU魂は、炭鉱労働者に支えられてきたRCランスのそれにもよく似ている。
経験、落ち着き、先読みのインテリジェンス、スピードをもたらせるヴァランヌは、ハリー・マグワイアとの連係もいいはず。クラブOBのリオ・ファーディナンドも、「われわれはワールドクラスの本物ディフェンダーとサインした。彼の戦績表は気違いじみていて、俺の腕ぐらいに長い」と大歓迎した。
マンUのフランス人と言えば、レジェンドのエリック・カントナ、キャプテンだったパトリス・エヴラをはじめ、ミカエル・シルヴェストル、ポール・ポグバ(在籍中)、アントニー・マルシアル(同)と続く。果たしてブルーの貴公子は、悪魔の期待に応えられるだろうか。(結城麻里=パリ通信員)