【コラム】海外通信員
哀れなマラドーナ
2020年11月16日 12:30
サッカー
私は当初、この様子を伝える動画をツイッターで紹介しようと考えていた。コロナ禍の影響で国内のプロサッカー活動が一切休止となってから7カ月ぶりにやっとアルゼンチンでリーグ戦がスタートすることになり、その日がちょうどマラドーナの60歳の誕生日だったことから、彼が監督を務めるヒムナシアの試合を開幕戦に持ってくるというLPFの粋な計らい。アルゼンチンのサッカーを愛する者としては胸躍るシーンを、日本の皆さんにもぜひ見てもらいたいと思っていたのだ。
でも、その動画を共有することはできなかった。常々から、現実がどれほどシビアでも背を向けずに直視すべきと考えているのに、心身ともに衰弱しきったマラドーナの姿をより多くの人に見てもらいたいとは思わなかった。現役時代のマラドーナのプレーに心をときめかせたファンの皆さんに、見てはいけないものを見てしまった気持ちを味わわせたくなかったのだ。
そんなふうに思ってしまったこと自体が不快でもあったのだが、同じような思いを抱いたのは私だけではなかったことがわかった。アルゼンチンサッカー界の著名人やメディア関係者も同様の思いを吐露し、そしてその誰もがマラドーナの「取り巻き」たちを責めた。
マラドーナの長女ダルマもかねがねから、自分の父親が今のような姿――うつ病とアルコール中毒症に苦しむ姿――になってしまった原因が彼の周りにいる取り巻きたちにあると主張し続けている。
ダルマの言い分は正しい。マラドーナが財産をめぐって元夫人クラウディアを相手に訴訟を起こして以来、母親の側についたダルマと次女ジャニーナは実父にほとんど会えなくなってしまった。厳しく、時には叱りながら父の健康に気を遣っていたダルマとジャニーナの存在が日々の暮らしから遠ざかるにつれ、マラドーナの身体はみるみるうちに衰えていった。
弁護士やマネージャー、監督を務めるヒムナシアのクラブ幹部など、「取り巻き」とされる人たちはマラドーナに「ノー」と言えない。好き放題させて機嫌を取り、好かれるように振る舞わなければ、マラドーナの名のもとで利益を生むことはできないから当然だ。
好き放題させている事実は、マラドーナの主治医の言葉からも明らかだった。手術が終わった後、即刻退院したがるマラドーナを説き伏せて入院を続けさせたことについて「今回の一件はディエゴにノーと言った数少ないケースの1つ」とし、「ディエゴはとても難しい人。あなたたちはディエゴがどんな人なのか、想像もできないでしょう」と言ったのだ。ダルマやジャニーナが法的に近寄れない状況にある中、すぐ傍にいる者たちがケアをするべきところ、不摂生な暮らしを黙認しているのである。
マラドーナに愛想をつかしている人たちからは「もう大人なのだから、取り巻きのせいにするのは間違い」という意見も少なくない。確かにそうだろう。でもこのまま好きなようにさせていたら、さらに惨めな状態に陥ってしまうことは確実だ。
コカイン摂取の副作用から生死を彷徨い、奇跡的回復を遂げたのが2000年1月。肺炎と心疾患から緊急入院し、一時は死亡説まで流れたのが2004年4月。その後何度も様々な要因から入院を繰り返してきたマラドーナだけに、これからは無条件に自分を愛し、必要な時には容赦せず「ノー」と言える人のいる環境で過ごして欲しいと切に願う。(藤坂ガルシア千鶴=ブエノスアイレス通信員)