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新井晴樹 工務店で働きながらプレーした社会人時代はかけがえのない経験

2021年08月17日 05:30

サッカー

新井晴樹 工務店で働きながらプレーした社会人時代はかけがえのない経験
正智深谷高校時代の新井晴樹
 C大阪の連載「サクラ咲ケ」の第19回は、今夏にJFLのティアモ枚方から期限付き移籍で加入したMF新井晴樹(23)。一気に国内最高峰の舞台まで飛び級移籍を果たした快足アタッカーが、無名だった大学時代、働きながらプレーしていたJFL時代などを語った。
 7月にティアモ枚方から移籍してきた新井晴樹です。セレッソに来て1カ月ちょっとがたって、少しずつ慣れてきて、楽しくサッカーができています。ただ、試合や練習のスピード感は以前と全然違っていて、ポジショニングとかを考えないと通用しない、と日々、感じています。

 オファーをもらった時は、正直、ビックリしました。その少し前にティアモの選手としてセレッソと練習試合をした時、自分の理想とするプレーができた。サイドを突破してクロスを上げて、ゴールも決められた。そこから話を頂いて、練習参加をしてから移籍が決まりました。話をもらった時は即決でした。

 自分の持ち味は、やっぱりスピード。小さい頃から足の速さには自信があって、幼稚園の運動会の徒競走でもダントツでした。高校3年の時に測った50メートル5秒8が持ちタイムなんですけど、今はもう少し速くなっているかもしれません(笑い)。

 でも、国士舘大では2年の夏ごろから試合に絡めるようになったけど、ずっとスーパーサブでした。大学4年間で、スタメンとして公式戦に出たのは3試合ぐらいです。バリバリのレギュラーじゃないとJリーガーにはなれない、と思いながらも、大学でJクラブと練習試合をすると“できる”という自信があった。就活もせずサッカーに懸けて、4年の12月末、ティアモから話をもらいました。

 ティアモでは働きながらプレーしていて「匠建枚方」という工務店でお世話になっていました。午前中に練習して、午後2時から出勤。午後7時ごろまで、主に現場の清掃作業や周辺のポスティングをしていました。2月にはこごえながら、6月には暑さと戦いながらチラシを配って、それを終えてから帰宅し、次の日もまた朝から練習。きつかったことは確かですけど、会社の人たちがめちゃくちゃ応援してくれて、しんどいと思ったことはなかったです。

 半年間の経験だったけど、社会人として働いた経験はプラスでしかないと思っていて、セレッソに来てからも、会社の人たちは僕を応援してくれています。期待に応えられるように、またセレッソの勝利に貢献できるように頑張っていきます。 (C大阪MF)

 ◇新井 晴樹(あらい・はるき) 1998年4月12日生まれ、埼玉県深谷市出身の23歳。FCアウルから正智深谷高に進み、3年時には全国高校選手権で8強入りに貢献。国士舘大を経てティアモ枚方に加入。今年7月にC大阪へ期限付き移籍。1メートル68、65キロ。利き足は右。背番号は37。

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