日本一特別版【内田雅也の追球】時を超え、恩讐の彼方のチャンピオン

2023年11月06日 08:00

野球

日本一特別版【内田雅也の追球】時を超え、恩讐の彼方のチャンピオン
<オ・神>優勝トロフィーを掲げる岡田監督(撮影・大森 寛明) Photo By スポニチ
 【SMBC日本シリーズ2023第7戦   阪神7ー1オリックス ( 2023年11月5日    京セラD )】 胴上げに舞った阪神監督・岡田彰布は泣いていた。顔で笑い、心で泣いていた。
 38年ぶりの日本一である。前回1985(昭和60)年、岡田は27歳だった。生後3カ月だった長男は38歳になった。孫もできた岡田は今月末、66歳になる。

 スタンドは「オカダ」コールを繰り返し、応援団は現役時代のコンバットマーチを奏でていた。

 「長かったですね」とお立ち台で言った。挑んでは敗れていった多くの先人を思う。阪神の有力後援者だった父の下、幼少の頃から猛虎愛が育まれた。体内には黄色い血が流れていよう。「タイガースの前では個人の存在なんて小さいものよ」身も心もささげていた。

 相手はオリックス、舞台は京セラドームだった。オリックス監督だった12年9月25日、球場入りすると球団本部長から広報発表の紙を渡され、休養を命じられた。9試合残っていた。「紙切れ1枚で終わりよ」と嘆いた。著書『そら、そうよ』(宝島社)に<理解できないやり方><野球選手や監督に対する敬意があったのか>と記した。

 今回のシリーズに臨むにあたり、そんな因縁について岡田は何も口にしていない。ただ、巨人を追われた三原脩が56年、西鉄監督としてシリーズで打倒巨人を果たしたのとは少し違う。「巌流島の決闘」と呼ばれた。

 岡田はオリックスを敵(かたき)とは思っていない。負の感情は消えていた。元監督としてチームの成長を感じ「最初からシリーズはオリックスとやると思っていた」と強さを認めていた。
 第3戦(甲子園)。1―5から1点差まで追い上げて敗れ「ええ試合ができて良かったよ」と笑った。負けても笑うことができた。第4、5戦とシリーズ史上に残る激闘を制した。3勝3敗で第7戦を迎え「今年最後のプロ野球。悔いのない試合をしよう」と勝敗を越えた好勝負を誓っていた。「オリックスは強かったです。本当にね」と相手をたたえた。

 菊池寛の『恩讐の彼方に』で最後、洞門が通じる。敵同士の市九郎と実之助が手を取り合い<二人はそこにすべてを忘れて、感激の涙にむせび合うたのであった>。この日の岡田の心情だろう。オリックス監督・中嶋聡と健闘をたたえ合った。

 開幕投手の青柳晃洋を先発マウンドに送り、負傷がいえぬ梅野隆太郎もベンチに入れて臨んだ。口癖となっていた「みんなで」。一丸姿勢を示す最後の戦いだった。

 夏場には今季限りとみていたシェルドン・ノイジーの3ランで先制。5回表には長短5安打を連ね、難敵の宮城大弥をKOした。本来のつなぐ攻撃だった。大舞台ではつらつと動く選手たちをまぶしく見つめた。

 日本一監督として「ありがとうございました」と頭を下げた。夏の長期ロードが明けたころからファンへの感謝の言葉をよく口にするようになった。特に阪神では応援の力がいかに大きいかをわかっていた。だから甲子園で空気を変えるための用兵として湯浅京己投入の賭けに出たのだった。

 孤独で苛烈な監督業である。ファンの力を借りたかった。そんなファンのために戦ってきた。

 文字通りチャンピオンである。英和辞典でchampionを引くと「選手権保持者」「優勝者」の前に「(主義・主張のために戦う)闘士、擁護者」という意味が出てくる。<もともと、勝者というより守護者という意味>と脳科学者・茂木健一郎の『緊張を味方につける脳科学』(河出新書)にある。優勝時によく流れるクイーンの『伝説のチャンピオン』は「俺たちは勝者だ」とおごり高ぶっているのではなく<「俺たちは君の代わりに戦っているよ」という歌なのです>。

 「ミスタータイガース」藤村富美男が語っていた「猛虎魂」の意味、「ファンのために戦う」に通じている。

 来季は2リーグ制で球団初となる連覇に挑む。黄金時代を築きたい。阪急阪神ホールディングス(HD)会長兼CEO、角和夫から託された「後継者育成」もある。

 8月には「優勝して勇退」の思いもよぎったが、今では続投への強い闘志がわいている。「大阪関西万博は再来年か……」と2025年に指揮を執る姿も思い浮かべていた。 =敬称略= (編集委員)

おすすめテーマ

2023年11月06日のニュース

特集

野球のランキング

【楽天】オススメアイテム