【コラム】戸塚啓
川口能活 選手とともに喜び、悲しみに寄り添う指導者へ
2018年12月04日 19:30
サッカー
相模原のホームスタジアムで行われた鹿児島とのリーグ最終節で、川口は3か月ぶりに先発した。今シーズン通算でも6試合目の出場である。
「久しぶりの公式戦だったので、正直、不安はありました」と川口は言う。対戦相手の鹿児島は、J2昇格を決めた好チームだ。1万2千人の観衆の思いをまとめれば、川口の守備機会を数多く見たいものの、果たして無失点で乗り切れるだろうか、といったものだったに違いない。期待と不安が入り混じっていた気がする。
ゲームの主導権は、序盤から鹿児島にあった。アウェイチームが長くボールを保持するが、川口の守備機会は多くない。GKからすると、いまひとつリズムを作りにくい展開だ。
さすが、と言うしかない。
20分、最初の守備機会で至近距離からのシュートを確実に弾き出す。後半にはDFラインの背後を突いた相手FWと1対1になるが、素早く間合いを詰めてシュートコースを狭めた。シュートストップ後の身体の立て直しも、全盛時と変わらないぐらいに機敏だった。
ピンチがなかったわけではない。だが、観衆が思わず眼をつぶりたくなるような場面で、相手攻撃陣はことごとくシュートをミスした。鹿児島が放った13本のシュートは、吸い寄せられるように川口の胸に収まるか、枠を逸れていったのだった。
実は試合中に、左足の太腿裏に張りを覚えたという。それでも無失点で乗り切り、今シーズン自身初のクリーンシートを達成する。相模原は1対0で勝利した。
クラブの代表を務める望月重良は、「さすがだよね!持ってるよね!すごいよね!」と感嘆詞を連発した。「普通に考えたら、今日の試合は負けてもおかしくない展開ですよ。それを勝ち試合に持っていくんですから。いやあ、すごかった」と、高校時代から知る後輩の活躍を讃えた。
アトランタ五輪における“マイアミの奇跡”やワールドカップ出場、さらには2000年と04年のアジアカップ連覇など、川口は何度となくスポットライトを浴びてきた。同時に、数多くの苦難も味わってきた。辛酸も舐めた。人知れず涙をこぼしたこともある。
国内外で試合に出られない時期も過ごした。キャリアの晩年には、長期離脱を強いられるケガもした。J1の優勝争いだけでなく、残留争いも経験した。入れ替え戦のピッチにも経った。J1からJ2、J2からJ3と、カテゴリーを下げて現役を続けた。
何かを大きなものを得るための戦いだけでなく、負ければすべてを失いかねないようなゲームにも、川口は関わってきた。それらすべての経験を血肉として、25年にも及ぶキャリアを積み上げていった。
川口なら選手とともに喜び、悲しみに寄り添う指導者になれる。「余力を残しての」セカンドキャリアが、それだけに楽しみなのだ。(戸塚啓=スポーツライター)