堀江翔太 オールブラックス目指しNZ留学 食いつなぐための地味なバイト「外の塀のこけを…」
2024年06月08日 22:48
芸能
![堀江翔太 オールブラックス目指しNZ留学 食いつなぐための地味なバイト「外の塀のこけを…」](/sports/news/2024/06/08/jpeg/20240608s00044000717000p_view.webp)
初めて買った愛車は、ニュージーランドだったという。「初めの何カ月は、試合に行くのに自転車やったんですよ。紙に地図を書いて、それをセロハンテープで張って。遠くて、車必要やなと思って。知り合いに“何でもいいからオートマで安いやつを(とお願いした)”」と話した。
当時はNo・8だったが、体格的な問題からフッカーへのコンバートを決意したという。「代表とか上を目指すには身長が足りなかった。上を目指すならフッカーやらなあかんというので、フッカーを勉強するなら海外に行った方がいいと」。そんな時にラグビーどころのカンタベリー州のアカデミー生としてオファーがあり、海を渡ったという。
堀江のモチベーションは高かった。「僕、ニュージーランド代表になろうと思ってニュージーランドに行ったんですよ。日本代表のキャップを持ってなかったので」。壮大な夢を明かすと、MCの「おぎやはぎ」は「おお!」と声をそろえた。
本来ならアカデミーから代表入りの流れもあったが、突然ライバルが現れたという。「わけわからんやつが入ってきて、最終的に落とされるんですよ」。そのうち、アカデミーの契約も終了し、失意の帰国をしたという。
小木博明が気になったのは、当時の経済事情だった。「そこってお給料出るんですか?」と聞かれた堀江は、「給料は出てました」と答えた。しかし、それでは足りず、アルバイトも経験。「高校の寮の用務員のおじさんみたいなことをしました。バイトしましたね。寮のビーズクッションの中身を替えたり、寮の外の塀のこけをずっと取ったり」と、地味な作業で食いつないでいたことを振り返っていた。