【落合×鈴木啓示対談】歴代3位320勝右腕・小山正明氏と小学生時代からつながる縁

2024年03月12日 17:15

野球

【落合×鈴木啓示対談】歴代3位320勝右腕・小山正明氏と小学生時代からつながる縁
鈴木啓示氏(右)とオレ流チャンネル「博満の部屋」で対談した落合博満氏 Photo By スポニチ
 現役時代に3冠王を3度獲得し、監督としては中日を4度のリーグ優勝に導いた落合博満氏(70)が12日、自身のYouTube「落合博満のオレ流チャンネル」を更新。大好評対談企画「博満の部屋」の第6回目として、歴代4位の通算317勝を挙げた元近鉄投手・鈴木啓示氏(76=本紙評論家)をゲストに招いて対談を行った。
 落合氏が「鈴木さんはフォアボール出すの嫌いだったでしょ?」と質問すると、鈴木氏は「ノーコンピッチャーやったんや、ワシ。元々コントロール悪かったんや。プロ入った時」と答えた。

 そして歴代3位の320勝を誇る元阪神の小山正明氏との思い出を語った。「小山さんが少年野球の指導にきてくれた。阪神のユニホームの時に。私、小学校1年くらいの時やったね。“おい、僕キャッチボールしよう”ってしてもらったんが私やった。その時、小山さんがなんぼ勝ったピッチャーとか何も知らんかったけど、家が酒屋しとったんや。夜、酒飲みに来た人がおったんや。その人が“僕、今日凄いピッチャーとキャッチボールしたな”って言われたんや。野球を見に来とったらしい。“あれ、誰か知ってるか?阪神の320勝投手の小山さんやぞ。凄いピッチャーやで”って言われて。それから小山さんを覚えたんや。終わってみれば317勝までいって、あと3つ勝てば小山さんの320勝まで追いついとんのにって言われたけど、それしたら小山さんに失礼やなって思ったくらい」と懐かしそうに振り返った。

 その縁がプロ入り後に再びつながった。「私はノーコンピッチャーやった。小山さんが針の穴を通すコントロールの主。72試合か73試合の無四球の記録(実際は73試合)持ってたんやね。それを俺が終わったみたら78試合で俺が破ったらしいやん。それが日本新記録になったらしい。そんなん嘘やろう言うて。やっぱり球数を投げたことによってコントロールついたわ」と振り返った。

 鈴木氏は投球の基本についても語った。「自分で思うのはアウトコース低めにきっちり狙って投げた。そのきっちりコントロールできたボールをホームラン打たれたいうことはないな。右バッター、左バッター問わずね。私560本、世界一打たれとんねん、ホームラン。メジャーリーグでもないらしいよ(MLBの最多被本塁打記録はジェイミー・モイヤーの522)。アウトコースを狙ったボールがちょっと甘くなって高くなってストライクゾーンに入ってきたのを打たれたことはあるけどね」と話した。落合氏も「ピッチャーの基本線はアウトローですもんね」と同意すると、鈴木氏も「困ったらアウトローや」と強調した。

 話題は高校時代の練習についても及んだ。「私が高校入った時にね、左ピッチャーの監督が(監督)1年生として監督になられた。新入生のピッチャーが40人入ったんですよ。“今日からピッチャーは毎日300球ずつ投げえ”って言われた。3日間続けたんよ、300球ずつ。4日目に250球くらい投げた時にしんどなってきてしもてね。監督、あとちょっと投げたら300球なんですけど、300球投げたらどないしたらいいですか?って言うたんや。“あと走っとけ”って。走るより投げてる方が楽かなと思って。そして投げかけたら、自分の力のある時は力んで投げとるわけ。ボールはごっつい暴れとるわけや、始めの方は。200球過ぎたあたりからの方が体の力が抜けて上体と下半身のバランスが良くなって、そんな力入れんでもバッターの手前でピュッ、ピュッっと伸びよんねん。そういうボールを投げられるような体の使い方を覚えたわけや。40人入った中で肩や肘を痛めたって辞めていって、最後残ったのは3年間で2人だけや。新入生は40人、2年生が10人、3年生が10人で60人ピッチャーおったんや。それで1年の夏から私がエースになったんや。投げ方を覚えて。強い体に生んでくれた両親には感謝しとるけど、その上にパワーを付けたね。高校3年間の間に。体が強くなった」と振り返った。

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