中尾彬さん「死に支度ではない」 語っていた前向きな「終活」 今年に入ってほぼ寝たきりだった
2024年06月09日 07:45
芸能
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週刊誌記者 芸能界を代表するおしどり夫婦だった。中尾さんが亡くなってから、池波は憔悴(しょうすい)しきりで泣き続けていた。訃報が発表された前後に自ら関係各所に電話を入れており、「ずっと泣きっぱなしで、目が腫れちゃってるわ」と言っていたそうだ。今も大きな悲しみの中にいるだろう。
リポーター やっぱり中尾さんといえば「ねじねじ」ですね。ネクタイが嫌いだから、スカーフやマフラーをねじって首に着けていた。全盛期は約400本あったとか。
ワイドデスク それも「終活」によって半減させていた。夫妻は10年近く前から積極的に終活を進めていた。自宅以外の不動産の売却、遺言状の作成、墓も建立。中尾さんが終活について「終わりの活動。活動というのは生きていくためにやること。死に支度ではない」と語っていたことが印象的だった。
本紙デスク その後の取材で分かったのは、中尾さんは今年に入ってからほとんど寝たきりの状態だったということ。自宅には介護用のベッドを入れていて、調子が良い時に取材や仕事を受けていたそうだ。終活は元気なうちにやっておくことが大事なんだと、改めて気づかされたね。
週刊誌記者 5月から6月にかけて大物の訃報が相次いだ。「今いくよ・くるよ」の今くるよさんは女性漫才師の草分けとして、多くの後輩に影響を与えた。相方のいくよさんが2015年に亡くなって寂しがっていたから、天国で再会して漫才しているだろう。「浪花のモーツァルト」こと作曲家のキダ・タローさんも亡くなった。
ワイドデスク 松平健の「マツケンサンバ2」の振り付けでおなじみの真島茂樹さんも死去。近年は同曲がリバイバルヒットしていた。
本紙デスク 21年の東京五輪開催時に、「開会式にマツケンサンバ2を」という待望論がSNS上で沸き起こった。ゴタゴタの多かった五輪を、明るく照らしてほしいという願いからだった。そういう意味では時代や世代を超えて愛される曲になった。功績は消えないね。