【内田雅也の追球】優勝を実感して変わった選手　「普通」で戦う姿が頼もしい

2023年09月16日 08:00

野球

【内田雅也の追球】優勝を実感して変わった選手　「普通」で戦う姿が頼もしい — 9回、大山の安打に声を出す近本（中央）、木浪（右）ら阪神ベンチ Photo By スポニチ

【セ・リーグ阪神5ー6広島（ 2023年9月15日マツダ）】精神科医の高橋和巳が著書『人は変われる』（ちくま文庫）で診療でときどき立ち会う＜不思議な現象＞を記している。＜人が過去の自分自身を乗りこえて新しい自分に変わっていく現象＞で、それは突然起こる。そして＜きっかけは、ほんの数個の言葉である＞。

　ならば、阪神の選手たちは一夜にして変わったのかもしれない。前夜、それまで「アレ」と言っていた言葉が「優勝」に変わった。禁句だった「優勝」を口にする度に、自分たちは優勝メンバーなのだという自覚や誇りが膨らんでいった。

　何しろ、多くの主力選手はこの日午前3時過ぎまで、テレビ各局のインタビューに応じていたのだ。「優勝」を実感してまた変わった。成長したのである。

　監督・岡田彰布は広島に移動し、球場での練習を眺めながら「それにしても」と感心していた。「昔と違って二日酔いの選手なんておらんよ。普通にやっとる」

　自身が現役時代の1985（昭和60）年、神宮で優勝を決めた後、深夜3時、4時まで飲み明かした。翌日の試合は二日酔いでベンチであくびする選手が相次いだ。岡田もその1人で、4打席無安打だった。

　優勝明けでも「普通」でいる選手たちは頼もしくもあった。だから岡田も普通に采配をふるった。2、6、8回表の無死一塁では9番打者にバントで送らせた。中軸を中心に11長短打を放った。

　「そう、普通普通。ピッチャーはいろいろ試したけど、バッターは普通にやってたな」

　1点を追う9回表1死一、三塁では一塁走者・大山悠輔を走らせた。二塁で憤死したが、これはクライマックスシリーズ（CS）に向けたテストだった。岡田は「（捕手が）どこに放るかなと試してみた。二塁に放ったな。これは大収穫」と話した。相手に伝わるこの話もまた虚実の駆け引きかもしれない。

　遊郭から二日酔いで球場入りし7打数7安打した伝説がある大下弘が西鉄で初めて優勝を経験した際、日記『球道徒然草』に記している。

　すでに経験があった首位打者、本塁打王は＜最高殊勲選手になったこの喜びにくらべれば、月の前の星の様なもの＞。そして＜選手にとって最大にして唯一の目的は、自分のチームの優勝といふことにある＞。

　やはり優勝で変わるのである。
　＝敬称略＝　
（編集委員）