【内田雅也の追球】手が震え、心が震えた

2023年11月03日 08:00

野球

【内田雅也の追球】手が震え、心が震えた
日本シリーズ<神・オ(5)>8回、森下の逆転打に笑顔の岡田監督(右)(撮影・須田 麻祐子) Photo By スポニチ
 【SMBC日本シリーズ2023第5戦   阪神6ー2オリックス ( 2023年11月2日    甲子園 )】 甲子園球場には魔物がすむ。今年最後の一戦で幾度か顔を出した。
 阪神7回表の守り。2死一塁。中野拓夢の二ゴロ後逸に森下翔太の拾い損ねというダブル失策での失点はその仕業だ。

 直後、監督・岡田彰布はヘッドコーチ・平田勝男に「気合を入れろ」と命じ、今季2度目の円陣を組ませた。8回表、前夜に続き、湯浅京己投入で空気が変わり始めた。

 そして8回裏。姿を現した。マウンドには山崎颯一郎がいた。先頭・木浪聖也のボテボテ二ゴロが内野安打に悪送球を誘って無死二塁。大歓声が魔物を呼んでいた。

 代打・糸原健斗が粘り、7球目を左前打でつないだ。岡田は「あれが大きかった」と特に控え選手の功績をたたえた。「固定メンバーで戦っているが、ベンチにいる全員で戦っているんよ」。8月ごろから「みんなで」が口癖となり、一丸の強みを感じていた。

 その糸原は「準備」の男だ。1打席に向け連日朝から準備を怠らない。幸田露伴の『努力論』には<直接の努力>と<間接の努力>がある。それは<準備の努力で基礎なり源泉となる>とある。

 「幸運はよく準備された実験室を好む」とパスツールの名言にある。魔物は猛虎たちの間接の努力(つまり準備)を知っていた。それが岡田の言う「1年間の集大成」となって出たのである。

 無死一、三塁。近本光司が右前適時打して1点差。中野が送り1死二、三塁。代わった宇田川優希から森下が左中間をライナーで割って逆転の2点三塁打を放ったのだ。

 盗塁憤死、併殺打、失策……とミスばかりしていた森下がヒーローになるとは、魔物は劇的すぎる展開を用意していた。

 ベンチに帰った近本を出迎える岡田の目には光るものがあり、泣いているように見えた。感動に心が震えていたのだ。

 前夜、激闘後の会見中、岡田の手が震えていた。勝利の興奮である。

 プロ棋士・羽生善治も勝ち筋が見えた時の一手を指す時、手が震えるという。以前、この話を将棋好きの岡田にすると「なるほどな」と納得していた。同じ勝負師、勝利を手にする時の高ぶりが分かるのだろう。

 リーグ優勝時「このチームはまだ強くなる」と話した。選手たちは大舞台で成長を続けていた。

 思えば11月2日は1985年、日本一になった記念日だ。苦難の日を越え、38年ぶりの栄冠に手をかけた。 =敬称略= (編集委員)

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