稲川素子さん死去 亡くなる1週間前から愛娘に感謝の言葉 棺には大好きだった「ピンク」のバラ
2024年06月11日 19:33
芸能
![稲川素子さん死去 亡くなる1週間前から愛娘に感謝の言葉 棺には大好きだった「ピンク」のバラ](/entertainment/news/2024/06/11/jpeg/20240611s00041000414000p_view.webp)
回復を目指した稲川さんだったが、徐々に体調を崩し、亡くなる1週間前ごろから佳奈子さんに「お世話してくれてありがとう」と感謝を口にするようになっていたという。佳奈子さんやその夫らに看取られ、穏やかに眠るように息を引き取った。
葬儀は遺族の意向で、近親者のみで営まれた。ピンクが好きで、テレビ出演の際には、よくピンクの衣装を着ていた稲川さん。棺にはかわいらしいピンクのバラがたくさん収められた。
稲川さんは高校卒業後、慶大に進んだが、盲腸手術の際の麻酔が原因で右半身のまひに見舞われ、中退。その後、結婚、出産を経て、得意の語学力を生かして1985年、外国人タレント事務所「稲川素子事務所」を設立した。
公式サイトでは「世界142カ国5200人の外国人タレントを紹介します」と銘打っており、ルビー・モレノやセイン・カミュ、ゾマホン、フィフィら、多数の外国人タレントを芸能界に輩出。外国人タレントのプロモーターの草分けとして活躍した。50歳を過ぎてから起業というアクティブさもさることながら、大学に再入学して卒業。さらに東大大学院にも通い、博士号を取得するなど、年齢に関係なく学び続けた人生だった。
自身もタレントとしてたびたびバラエティー番組などに出演。穏やかな語り口と、朗らかな笑顔で人気だった。NPO法人「国連UNHCR協会」の理事を務めるなど、多くの国際貢献でも知られた。
稲川さんが館長を務めていた「河口湖音楽と森の美術館」はこの日、公式サイトで稲川さんの追悼コンサートの開催も予定されていることを明かした。