江河愛司 悪い遊びよりハマったゴルフ タバコ、酒、歌より優先!? 50代入りベスト68
2024年03月22日 05:00
芸能
健康の秘訣はゴルフです。我孫子(千葉)の近くにホームコースがあって、もう40年くらいやっています。一番最初はマークに使っている100円玉を勝手に拾って怒られたりしてね。無理やりやらされたらハマっちゃって。僕の年齢でやっている人はもう一人もいなくなっちゃった。
凄く好きで一番調子が良かった時はアンダーで回っていました。ベストは50歳くらいの時で68ですね。大会にも出ていました。歌よりゴルフでした(笑い)。今でもエージシュートとかはしょっちゅうやってますよ。シングルの連中と回って、今でも210から220ヤードは飛ばしています。
健康のためにカートには乗りません。そのおかげと言っていいのか、大きい病気もしていません。タバコもやっていましたけど、レコーディングの時にガサガサと(声が喉に)引っかかる時があるんですね。それでやめてもう30年以上たつかな。お酒は飲む練習もしましたけど、体に合わない。タバコ、酒、悪い遊びをしなくなったのが案外良かったのかもしれません(笑い)。
歌手としてデビューしてから今年で65年。古賀政男先生から「人気とかに関係なく一生歌えるんだよ。歌えるのはお前しかいないんだ」と言っていただいて始めたのが歌謡舞踊です。演歌じゃないんですよね。一時は演歌が歌いたくて、浮気もしました。それで日本クラウンができた時には、日本コロムビアからサブちゃん(北島三郎)と一緒に行ったんですよ。なかなかデビューできないチータ(水前寺清子)を励ましたりもしました。6曲出して、その中に島津伸男さん作曲で「残(人ベンに峡の旧字体のツクリ)の唄」というのがありましてね。その曲はサブちゃんも歌いましたが、やはり駄目でした。2年いたんだけど不発でしたね。それで古賀先生が帰ってこいと言ってくれて、コロムビアに戻りました。
芸能生活で焦りはたくさんありました。それでも邦楽、日本の文化を残さないといけない。それ一筋で生きてきました。これからやってみたいこととしては、新舞踊協会というのをつくりたいと思っています。元気で声が出る限りは引退せずに頑張ってみます。声が出なくなったらすぐ引退します。だって歌手ですもの。
≪7・4念願70周年ライブ≫5月15日には東京・上原の古賀政男音楽博物館けやきホールで行われる「コロムビア マンスリー歌謡ライブ~コロムビア花のステージ~」に出演する予定だ。「若い実力のある人と一緒に出られるのは楽しみです」と胸を高鳴らせている。7月4日には師匠の自宅跡地でもある同所で芸能生活70周年記念のライブも予定している。「念願のライブで楽しみです」と期待した。
◇江河 愛司(えがわ・あいじ)1937年(昭12)12月25日生まれ、愛媛県四国中央市出身の86歳。53年に東宝芸能学校に第1期生として入学。57年、古賀政男に入門。59年、小唄歌謡歌手としてレコード「きりぎりす」「与三郎」でデビュー。76年新舞踊「絵川流」を創設。「江河愛司」の芸名は古賀政男が命名した。