【内田雅也の追球 優勝特別版】選手の成長に手応えを感じ、岡田監督は辞めようと思っていた

2023年09月15日 08:00

野球

【内田雅也の追球 優勝特別版】選手の成長に手応えを感じ、岡田監督は辞めようと思っていた
<神・巨>リーグ優勝を決め、トロフィーを掲げる岡田監督(撮影・成瀬 徹) Photo By スポニチ
 【セ・リーグ   阪神4―3巨人 ( 2023年9月14日    甲子園 )】 大歓声のなか胴上げに舞う阪神監督・岡田彰布を見ながら、思い返している。
 あの時、岡田の口から「もし、来年もオレが監督をしていたらな」と漏れた。夏の長期ロードに出たばかりの8月5日、横浜の夜だった。来季の陣容について少しだけ語ったうえ「もし――」と続けたのだった。

 「え?当然、来年も岡田さんが監督でしょう」と突っ込んだが「ふふふ」と笑っていた。2リーグ制で球団初となる連覇に水を向けたが「ん?」と素っ気なかった。

 岡田は今季限りで辞めるつもりでいる――とあの時思ったのだった。

 65歳。来年11月には野村克也(2001年=66歳)を上回り阪神監督で最高齢を迎える。何度も「しんどいわ」と聞いていた。会話や会見の途中でもよくせき込んだ。

 いや、それ以上に勇退を考えたのは優勝という結果だろう。「本当に強くなったなあ。監督になり、自分が言ってきたことをこんなに早く吸収して、こんなに早く結果が出るとは思っていなかったよ」。選手たちの成長に手応えを感じ、“自分の仕事は終わった”と、ある種の達成感を抱いているようだった。

 次に夜会ったのは3週間後、夏のロード終盤、8月24日の東京だった。当日発売の週刊文春に「18年ぶり優勝→電撃勇退!?」と疑問符付きながら記事が出ていた。

 「どこからあんな話出たんやろなあ」と岡田は半ば内容を認めていた。しかし、この時にはもう翻意していた。「オレだけ辞めて、あとは放っておくわけにはいかんやろう」と言った。昨年秋の監督就任には阪急阪神ホールディングス(HD)会長兼CEO・角和夫の意向が強く働いていた。早大の後輩で親交の深い岡田は内々に監督としての期待を聞き「後継者の育成」も託されていた。2年契約でもあり、優勝したからといって投げ出すわけにはいかない。

 辞意について妻・陽子に確かめた。知らないと答えて考え「それは“いつでも辞める覚悟でいる”という心の表れかな」と思いやった。「優勝して辞めるとキレイだけど、そんなこと気にかけてもいないでしょう」

 妻は結婚前、初対面の際「堂々と無言でいる」と感心し「この人はサムライだ」と思った。カナダで長く暮らし、上智大でも欧米的な「ハーイ」と言い合う男性しか知らなかった。「日本のサムライがここにいた」

 「武士道とは死ぬ事と見つけたり」か。岡田はいつでも自らの身をささげるつもりでいた。

 優勝は自身が前回監督だった05年以来、18年ぶりだ。同一監督のブランクとしては史上3番目。同一球団・同一監督では長嶋茂雄を抜いて史上最長の空白期間だった。

 この長い間、岡田は阪神監督復帰と優勝を夢に描いて過ごしてきた。前回は08年、最大13ゲーム差を逆転されて優勝を逃し責任を取る形で辞任。直後の真弓明信はともかく、その後、和田豊、金本知憲、矢野燿大と新監督が就任する度に「なんでや……」とため息をつき、苦い酒を飲むのを目の当たりにした。評論活動をしながらゴルフやパチンコに明け暮れた。それでも阪神から必ず要請がくると信じていた。

 いざ、監督に就くと、38歳の一人息子よりも若い選手ばかりがいた。「今の選手たちは昔のように“監督のために”とか“この人を男に”なんて誰も考えてないよ。それは分かっている」。世代間ギャップをわかったうえ、「監督の仕事は選手たちの給料を上げてやること」と選手第一の姿勢を貫いていた。

 03年優勝の後を継いだ前回は「勝たねばならない」重圧から「勝利中毒症」の状態で眠れぬ日が続き、深酒を繰り返した。今回は成長する選手たちが楽しみで、酒量は減り、よく眠れた。

 「普通にやればいい」と繰り返した。難しいプレーは要求せず、基本を徹底した。「普通力」と呼んでいる。サインやフォーメーションの数も減らした。もう幾度も書いたが、打者に「追い込まれてもストライクゾーンは変わらんのやで」と諭すと、粘り強くなり、四球数が急増した。

 亡父・勇郎は阪神の有力な後援者だった。三宅秀史や藤本勝巳ら多くの選手が自宅に出入りしていた。幼い頃から猛虎の血が流れていた。

 村山実の「球道一筋」からとった「道一筋」を座右の銘とする。「監督なんて、長いタイガースの歴史からすれば、ほんの一コマでしかない」。記録的な圧勝劇で歴史的な一コマを描いたのだ。

 あの日々を思えば泣けてくる。感涙と美酒に酔っている。=敬称略=(編集委員)

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