月亭方正(1)テレビの人気者から熟練の落語家へ あきらめかけた芸能人生救ってくれたのはパグだった!?
2024年04月08日 11:15
芸能
◆落語界の常識にたまげた!◆
―ずっとテレビでご活躍を拝見していたので、噺家になられると聞いた時は本当に驚きました。まずこの15年を振り返っていただければと思います。
「いや、あっという間でしたねえ。それだけ充実していたんだと思います。本当に」
―初めて入った落語の世界はどうだったのでしょうか?。
「ネタをもらうということに驚きましたね」
―と、言いますと?
「先輩が作ったくすぐりや、ギャグをくれるんです。古典の中で噺家さん独自のギャグを入れるんですが、それをそのまま使っていいと言われるんです」
―え?そうなんですか。
「誰かがやったネタをパクるとか、テレビならありえへん。でも、落語界ではそれが稽古をつけていただくということなんです。師匠の方々は自分で練り込んで、すごいものに仕上がった宝石をハイと言って、くれるんです」
―へえ。
「何十万、何百万、何千万円となる可能性のあるものをもらえる。すっごい世界でしょ?それを今はぼくが一生懸命磨いているんです。後輩がくれって言ったら、うん、わかったって言ってあげる。それが脈々と続いているのが落語という文化なんです」
―すごい世界。
「こういう世界にいると、どうなると思います?」
―……。どうなるんでしょう?
「感謝するようになるんです。それから、これだけもらってるんやから与えないといけない、という“陽”の気が回り出すんです」
―継承していくということが最も大事な世界なんですね。
「だから、何百年も続いてるし、これからも続くんやと思うんです」
◆好きこそ物の上手なれ◆
―なるほどですねえ。この15年間、それをまざまざと体験してこられたんですね。相当な鍛錬を積まれたんでしょうね。
「うーん、というか、ただ好きなんですよ。師匠(月亭八方)に、“自分がこんなにマジメな人間やって知らなかった。落語のことばっかり考えてます”と伝えたことがあったんです。そんとき師匠が“方正な、マジメとかもあるけど、それよりなにより、おまえは落語が好きやねん。まず芸能が好き。落語が好き。おれは阪神好きやねん。やることあっても、つい見てまうねん。それと一緒。おまえは落語が好きやねん”と言われて、その通りやと思いました」
―そもそも方正さんが芸人になろうと思われたきっかけは何だったのでしょうか?
「とにかく、何でもいいからみんなを笑かしたかったんです。おもろい人なんてなんぼでもいます。じゃー芸人と芸人じゃない境目ってなんやねんとなったとき、ぼくはサービス精神やと思います。自分がへりくだっても、笑いをとれたら喜ぶ。自分がおとしめられても、みんなが笑ってたらちょっとうれしい、みたいな。自分が笑いを取りにいって笑いをとれたら、もちろんうれしい」
―それでNSC(吉本総合芸能学院)の門を叩かれた。
「NSCに入るときが一番怖かったですね。ダウンタウンがドーンと来てて。周りの人もおもしろくて、入る時にオレなんて無理やろ、と思ってました。そしたら、200人くらいおったんかな?みんなおもろない」
―そうなんですか(笑い)。
「学校でおもろいって言われてた?みたいなヤツばっかりで。おれの方がおもろいわと思ってましたね」
―東京進出も早かったですよね?
「すぐにゴールデンも出てたので」
―“ガキ使”は?
「23やったかな」
―順調ですねえ。
「順風満帆ですよ(笑い)。ただ、それもヘタレとか、アホとか、スベリ芸とか、ぼくの中では順風ではなかった。経済的には潤ったし、売れたけど、本質は成功とは思ってなかったんです」
―けっこう悩まれてたんですか?
「いやー、悩みましたね。東京出てしばらくしたらレギュラーもなくなったんです。スベリ芸はおもんないというのが先行してたから、アホらしいと思って。あと半年頑張ってあかんかったらやめよ、と思ってました」
◆おれはパグになるんや!◆
―そんなに思い詰められたことも…。どう打開されたんですか?
「部屋で腐ってたんです。仕事もないし。何気なくテレビ見てたらムツゴロウさんの家の犬たちが特集されててたんです。セントバーナードのボスがいて、ボスの交代の時期が近づいてきて、いろんな犬種がボスの座に挑戦するんです。その中に1匹のパグがおったんです。そいつもブワーっていくんですが、コンと蹴られたりして歯が立たないんです。それでもあきらめへん。それにぼく、感動してもうて。これや!パグや!と思って。噛みつくんや、上に一蹴されても、とにかく噛みついたろ、と思ったんです。おもんないとか言われても、おもろいわ、ボケ!とか言い返したろ、と思って。それであかんかったら辞めよと思って。ほんだら、次のクールはレギュラー9本でした」
―すごい。
「今まで人生でよっしゃ!というガッツポーズは何回かしかないんですけど、最初が月収100万超えたその時でした。CMとか臨時収入をのけたレギュラーだけの給料で。これでええんや、バカにされようが何しようが、こんなテレビ出て、優雅やし、遊べるし、みたいな感じでした」
―だけど、落語の世界に転身されました。
「そうなんです。営業に行ったときでした。後輩のブラックマヨネーズとチュートリアルとかウケまくってるのに、ぼくはテレビのトークとかで適当にお茶を濁すだけ。それが情けなくてねえ」=(2)に続く
◇月亭方正(つきてい・ほうせい)1968(昭43)年2月15日生まれ。兵庫県西宮市出身の56歳。88年デビュー。翌年、コンビ「TEAM-O」で東京進出。93年からコンビを解散し、ピン芸人となる。現在も続く「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!」などでテレビの人気者に。08年から落語家に転身。13年から全活動を「月亭方正」で行う。昨年、落語家生活15周年を迎えた。現在、上方で最も脂の乗った噺家。