【内田雅也の追球】「一穴」から得た教訓 失策の数は気にせず、「攻める守備」を思い起こしたい

2024年03月09日 08:00

野球

【内田雅也の追球】「一穴」から得た教訓 失策の数は気にせず、「攻める守備」を思い起こしたい
<神・ヤ>8回、馬場コーチ(右)と言葉をかわす阪神・小幡(撮影・平嶋 理子)  Photo By スポニチ
 【オープン戦   阪神5ー6ヤクルト ( 2024年3月8日    甲子園 )】 阪神監督・岡田彰布は「初めてやな」と笑っていた。8回表、1イニング4失策での逆転負けである。それも2死から右翼に舞った邪飛を前川右京が落球(失策)してから6失点。46球も投げる羽目になった桐敷拓馬の自責点は0だった。
 「記録か?」と問う岡田に公式戦では1リーグ時代の1938(昭和13)年6月19日のタイガース戦(甲子園)で、金鯱が1イニング6失策をしていると伝えると「まだ記録員もおらん時代ちゃうか」と言った。プロ野球の公式記録員第1号の広瀬謙三が着任したのが37年。恐らく広瀬が判定したのだろう。

 オープン戦とはいえ、何とも後味の悪い敗戦で初戦から7戦全敗。初戦引き分けから7連敗した2014年に並ぶ球団ワースト記録である。

 問題の8回表2死。先に書いた前川の邪飛落球は強い浜風で落下点を読み違えたようだった。

 連続四球で満塁となり遊ゴロを小幡竜平が二塁悪送球。さらに中堅左への飛球を森下翔太が追いつきながら落球。連打の後、小幡が今度はゴロを後逸して逆転を許した。

 どんなに堅固に築いた堤でも、アリが掘って開けた小さな穴が原因となって崩落することがある。「アリの一穴」である。邪飛はその「一穴」だったわけで、捕球していれば無失点だった。

 小幡の2失策も教訓的である。この回2死目は三遊間寄りの難ゴロで好守を見せた。だが直後の高いバウンドが内野安打となって、2死後は悪送球。その後も一塁送球が間に合わない内野安打もあり、徐々に萎縮していったように映った。

 「昔は平田もやってたよ」と岡田はヘッドコーチ・平田勝男の現役時代を例に出した。「札幌でな。グラウンドも悪かったしな」。日本一となった85年6月9日の大洋(現DeNA)戦(札幌円山)。雨の中、平田は失点につながる2失策をおかした。この時、監督・吉田義男が「もっとエラーしてみろ」と荒っぽく励ました逸話が残る。

 吉田は口癖の「挑戦」「一丸」に加え、「常に攻めているか」をチェックしていた。守っていても「攻める」姿勢を重視した。気持ちで引いていては次につながらない。

 オープン戦7試合で11失策は12球団最多だ。ただし、岡田の言うように問題は「失策は数より中身」。いま一度、「攻める守備」を思い起こしたい。 =敬称略=
 (編集委員)

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