海老名香葉子 時忘れじの集い「戦争を少しでも体験した人間として、戦争の悲惨さを伝えていきたい」
2024年03月09日 15:14
芸能
当時11歳だった海老名氏は静岡・沼津に疎開していたため難を逃れた。沼津の山から東京方面を望むと「東京の空が、赤くなっているのが見えた」と回想。東京でアメリカの爆撃機B29の攻撃を受けた両親と祖母、2人の兄、弟は帰らぬ人になった。
供養式後、上野公園内の「いこいの広場」内にある「時忘れじの塔」前で開いた式典では、参列者と共に黙祷をささげた海老名氏。
野草を食べるなど、戦争孤児として暮らした日々を語ると、涙ぐむ参加者の姿もあった。
式典では、海老名氏が歌詞を手がけた反戦歌「ババちゃまたちは伝えます」を日本と韓国の幼稚園児が、日本語と韓国語で披露し、平和を願った。
会場には、親交があるマンガ家のちばてつや(85)も参加。当時父親の仕事の関係で中国で暮らしていたというちばは「戦争を少しでも体験した人間として、戦争の悲惨さを伝えていきたい」と思いを込めた。