門倉有希さんが死去 19年に乳がん闘病を公表 当初は市販薬で対処「自己判断が発見を遅らせたと」
2024年06月07日 14:27
芸能
入院中は主に放射線治療を受け、19年3月には念願だった故郷・福島県須賀川市でのコンサートも実施。その後は週1回の通院による抗がん剤治療に切り替え、順調に回復していたという。
19年9月に乳がんを公表した際、ブログで「乳がんになりました。胸の異変に気づいたのは昨年8月ごろでした」と乳がんにり患したことを報告。「私は小さな頃から病気とは縁のない元気な子供だったので普通の“デキモノ”だと思い、市販の薬りを塗っていましたが、ついに貧血で倒れ病院に運ばれました。検査の結果、がんが発覚しました」と説明。「自分の体に対する過信や自己判断が発見を遅らせたと反省している」とし、早めの受診を呼びかけていた。
公表を受け、テレビ朝日「羽鳥慎一モーニングショー」(月~金曜前8・00)にVTR出演。抗がん剤がマッチしたことで、3週間で退院できたというものの、3週間で現在も抗がん剤治療を続けているとし、「(治療は)週1なんですけど、3回やって1週休んでの繰り返し感じですね」と語り、「歌を歌うことが何よりの薬だと、先生には言われてます。もう一度紅白(歌合戦に)に出たい」と今後の目標を力強く語っていた。
門倉さんは1994年、「鴎…カモメ」でデビュー。卓越した歌唱力と迫力十分の声量が魅力で、デビュー当初は正統派演歌を中心に歌っていたが、その後路線転向。96年、NHK新人歌謡コンテストで「女の漁歌」を歌い、グランプリを受賞。その年に「第47回NHK紅白歌合戦」に初出場した。98年にリリースした8枚目のシングル「ノラ」は80万枚を超えるヒット。現在もカラオケランキングの上位をキープ、ロングヒットとなっている。