永六輔さんの孫・岡﨑育之介氏「死に様見せてくれた祖母と祖父のために」 クリエイターとしての矜持
2024年02月29日 13:06
芸能
「認知症になった祖母が僕を覚えていないんじゃなく、僕がどうでもよくなってしまったんじゃないか」。自責の念は、社会の中心から外れた者が抱える「孤独」を浮き彫りにした。
介護用品として考案された股間部分がくぼんだイスが、性の現場で使用されていることにも着目。劇中では、真剣な表情で祖母を、妖艶なまなざしで客を洗う別世界をコミカルに描いている。
自身2作目となる長編映画。「見終えた後、孫に連絡しよう、おばあちゃんに会いに行こうとか、アクションしてくれたらうれしい」と思いを込めている。
18歳で俳優デビュー。役者として研さんを積み、24歳から作り手へと活動を広げた。
初監督した「安楽死のススメ」では、自死を望む男性を笑いを交えて描いた。死や生に意識が向くのは、2002年に亡くなった母方の祖母と、16年に後を追うように旅立った永さんの存在が大きいという。
「(母方の)祖母は僕が8歳の時に余命2カ月と宣告されました。分かったときには末期の胃がんで、あっという間に死を迎えて」
死が何かを理解できていなかった幼少期。火葬の際、気丈な母が父の胸に顔を埋め、泣き崩れるのを見た。68歳で最愛の妻を亡くした祖父は、晩年にパーキンソン病と前立腺がんを発症。岡﨑氏が22歳の時に帰らぬ人となった。
「祖父を超えたい」とまい進してきた芸能の道。「亡くなったことで伝説のような存在になってしまった」とうろたえた。しかし「死に様を見せてくれた祖母と祖父のため、僕がやらなきゃ!」と発起。クリエイターとして生きると決意した。
歯に衣(きぬ)着せぬ発言で、多くの人の心をつかんだ祖父のように。自らの発信力を強め「芸能界の純度を高めたい」と目を輝かせた。
◆岡﨑育之介(おかざき・いくのすけ)1993年(平成5)10月31日、東京都生まれ。18歳で俳優デビュー。映画やドラマ、舞台で活躍。現在は脚本家、演出家、監督として活動している。