【コラム】西部謙司
移籍の心得
2021年01月14日 10:00
サッカー
久保建英はレアル・マドリーからの貸し出し先だったビジャレアルからヘタフェへ移った。ビジャレアルでは出場機会が限定されていたためだが、ヘタフェでは練習もしないままいきなり出場してそれなりの結果を出した。2020年J1のMVP、オルンガは柏レイソルからカタールのアル・ドゥハイルへ移籍。こちらも即出場だった。本田圭佑はボタフォゴ(ブラジル)からポルティモネンセ(ポルトガル)への移籍を検討中だという。
外から見て、どの移籍が良いか悪いかとは言えないものだ。ファンとしては試合に出て活躍してくれればうれしいわけだが、そうならなくても移籍という決断は本人の人生なので、他人がとやかく言う筋合いのものではない。結果的に移籍して上手くいった、失敗だったということはあっても、それが事前にわかっているわけではなく、予測不能な場所へ踏み出していく決断は尊重するしかない。
プロサッカー選手は個人事業主なので、自分のステップアップのための移籍は当然といえる。ただ、選手はまったく1人というものでもない。チームに所属していて、チームはファンに支えられている。
オルンガのようにクラブに絶大な貢献をした選手の場合、移籍に対してファンの反応は肯定的なものが多くなると思う。いなくなってしまうのはとても残念ではあるけれども、よくやってくれたので感謝して送り出してあげようという気持ちにはなる。
久保のケースは微妙だ。もともと借りてきた選手であり、主力として活躍したわけでもないので、「まあ仕方ないか」という反応だろうか。
本田の場合は「見捨てられた」「逃亡しやがった」という非難の声が大きいようだ。主力として期待していたのに裏切られたと思うのは無理もない。ボタフォゴのファンはチームのファンであって本田のファンではない。チームに心がないなら、「とっとと出ていけ」という感情にもなるわけだ。
移籍は万事円満にいくとはかぎらないが、個人の栄達のために移籍するのは誰にもとがめられない。それが仕事であり、アスリートとして高みを目指すのも自然だからだ。ただ、サッカー選手として、それだけでは少し寂しい気はする。本田は自らの移籍に関して、
「自分の感情、情熱に耳を傾けないといけない」
と、発言している。キャリアアップは大事だが、「この仲間とともに」というような感情を大事にしたいと言う。これは重要な視点だと思う。移籍は損得だけではない。どのチームで、どこの町で、どんな人たちと共に歩んでいきたいか。それを心に問うこと。サッカーは個人競技ではないので、心のつながりはとても大事で、せっかくサッカーをしているのにそれがないのは寂しすぎる。
本田の言葉は移籍の心得として傾聴に値する。それだけにボタフォゴのファンが怒り、落胆するのも当然ではあるのだが。(西部謙司=スポーツライター)