落合博満氏 危機管理から生まれた球宴史上初の9人継投「うまく回すんだったら…でこの方式を取った」

2023年07月21日 17:00

野球

落合博満氏 危機管理から生まれた球宴史上初の9人継投「うまく回すんだったら…でこの方式を取った」
落合博満氏 Photo By スポニチ
 現役時代に3冠王を3度獲得し、監督としては中日を4度のリーグ優勝に導いた落合博満氏(69)が21日、自身のYouTube「落合博満のオレ流チャンネル」を更新。監督として3度、コーチとして5度出場した球宴について語った。
 「豪華共演」と言えば、今も記憶に新しいのが2007年7月20日の球宴第1戦(東京D)だ。自身2度目の全セ監督を務めた落合監督は先発・上原(巨人)から1イニングずつ9投手を起用。高津(ヤクルト)、林(巨人)、木塚(横浜)、岩瀬(中日)、黒田(広島)、久保田(阪神)、クルーン(横浜)、藤川(阪神)とつなぎ、完封勝利を収めた。球宴史上初の9人継投。許した安打はわずかに1本、計77球、2時間8分の鮮やかな完封劇だった。

 上原はこのシーズン、クローザーとして起用されており、先発部門でファン投票選出された黒田以外は、いずれもリーグを代表するリリーバーを並べて勝ち切った。結果的には、お祭り舞台らしい豪華リレーとなったが、そこにはそうせざるを得ない事情があった。

 「なぜ、それをしたかというとね、オールスター前に先発ピッチャーがみんな投げちゃうの。で、オールスター出てくると“いや投げれません”というピッチャーが多いの」

 07年は12球団すべてが7月18日にシーズンの前半戦最終戦を戦っており、出場選手にとっては中1日での球宴第1戦。先発投手の疲労度を考慮して、少しでも登板間隔を開けることを重視した結果、1戦目はリリーフ投手陣の継投で戦うことに帰結した。

 現役時代の記憶もあった。「現役で(球宴に)出ているときに(監督が)“この試合、お前投げるからな”って言ったら“いや、もう投げれませんよ”と言った先発ピッチャ―が何人かいたんでね。それが頭の中にあって、うまく回すんだったら、先発より中継ぎの方が使い勝手がいいなということでこの方式を取った」。危機管理の観点で、当初からリリーフタイプの投手を厚めに監督推薦で選出。様々な事態を想定していたからこそ、選択できた策でもあった。

 ちなみに落合監督は11年の球宴第1戦(ナゴヤD)でも9人継投で全セを勝利に導いている。先発の岩瀬から江尻(横浜)、榎田(阪神)、久保(巨人)、山口(横浜)、サファテ(広島)、林昌勇(ヤクルト)、浅尾(中日)、藤川とリレー。07年同様、リリーバーを中心とした超豪華継投だった。

 普段ならスポットライトを一身に浴びることが少ないリリーフ投手が、与えられた1イニングで存分に力を示し、特に07年は「球宴史上初」の冠が付くことで、さらに輝きを増した。「中継ぎ陣に光を与えた、というのはあるんじゃないのかなと思うけどね。でも今、そんな選び方はしないでしょ?」。落合氏は2度の「9人継投」を脳裏に浮かべ、穏やかな笑みを浮かべた。

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