青木崇高 かつてのブラジルの旅で「モヤモヤしていた」こと 再び訪れ「子どもにはいつかちゃんと」
2024年03月10日 12:15
芸能
青木は「日本人移民の方がたくさんいらっしゃるというのを15年前に知ったんですよね。僕、知らなかったんですよね。日本の移民の歴史も知らなくて」と告白。そこから移民たちの思いを日本人に知ってもらいたいという思いが強くなったといい、「最初は番組にしたかったんですけど全然知名度もないし、企画が全然通らなかったんですよ。どう番組を企画したらいいかもわからなくて。その事実を日本人に届けることができなかったのはずっとモヤモヤしていたんです」と明かした。
その時の旅で「移民の方々のおじいちゃん、おばあちゃんに出会えたことが本当に今の自分の芝居だったり、生きる糧のエネルギーの核に近いものになってるのは間違いないです」と話した。
当時、サンパウロの案内や落語界の手伝いをしてくれた元新聞社社員の男性とも再会。青木は「歴史をちゃんと正しく伝えていくっていうことに向き合っている、世代的に近いのにやっているってことになんか凄くショックだった。自分は自分で仕事を頑張っているけれども、ここまでの仕事における覚悟はあるのかなと」と回顧。「当時は飲み会も凄く熱くて、俺たちが活字で残さないと、高齢の方たちはいつお亡くなりになるかわからない。さっきのインタビューは何なんだ!って、説教してたりとか。日本に持ち帰るためにはまず僕自身が深く感じないといけない」と振り返り、「(その思いを)子どもにはいつかちゃんと知らせたいっていうのは本当にあります」と思いを語った。
青木が「移民の方たち、ブラジルだけじゃなくて、南米にもいらっしゃるし、いろいろなところにいらっしゃいますけど、やっぱり日本のことを思ってらっしゃいますからね。強い思いをもっていらっしゃいますから」と熱弁すると、司会の今田耕司も「見てはるプロデューサーとか各局の方、ブラジルの移民のスペシャルドラマ頼みますよ」とアピール。青木も「ぜひ!自分で企画したいぐらい」と力を込めた。